サスケと会ってから1ヶ月が過ぎた。
その間、精神科医としての仕事はいっさいしていない。
そのことについて、院長も何も言わない。
『サスケの専属医師という肩書きの下、それらしく振舞う』
もとよりそういう契約だったから。
「セッタ?」
いつもと同じようにベッドの横のパイプ椅子に座った途端、挨拶より先に訊かれた。
「何が?」
「煙草の匂いがする」
相変わらず対象物としてではなく、視界に入っているだけのものとして俺を捕らえる目。
その目にはやっぱりなんの感情は見えない。
「あー、やっぱ匂う?
さっき吸ってきたから。ごめんね。
でも、何でセッタだって解ったの?」
少しだけ沈黙。
けれど、視線を逸らさず君は淡々と答える。
「昔、セッタ吸ってたヤツが同じ匂いさせてたから」
匂いを覚えるほど そいつの傍に居たの?
君が?
5年間ここから出てない君が?
ここに来る前に覚えたってことは、昔すぎて可能性はかなり低い。
ってことは、ここに閉じ込められてから、覚えたってことだ。
誰がそんなに君の傍に居たの?
院長はハイライトだから、違うよね。
だったら、自殺した医師?
ノイローゼになった医師?
それとも、飛ばされた医師?
どれも違う気がする…。
他の誰かが、ここに来てた?
たかだか、煙草の銘柄を当てられただけなのに、何故だか酷く動揺する自分がいた。
いつの間に、この無感動な子供に興味を持つようになったのだろうか…。
医者が患者に興味を示す。
ただ、それだけのこと。
そぅ思いながらも、それは医者として正しいことだったのか、疑問に思った。
さらに言えば、医者と患者の関係をどうこう言うより先に、
自分はここまで他人の言った言葉を気にする人間だっただろうか。
いや、嗜虐的行為のためなら多少は興味を示すが、ここまで誰かの言葉に囚われることはなかった。
しかも、大したことではない言葉に。
そう思い至ると、肌が粟立った。
どうでもいいただの玩具にしかなりえない子どもが、
いつの間にか自分の中で、人間の子どもになっていた。
それだけでも愕然とする事実だというのに、自分は、この子どもの言動に捕らわれ始めている。
この目の前に寝そべっている単なる子供に、恐怖を感じた。
2003.02.20
04.04.13 加筆修正。
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