「何、ボケっとしてんだよ?」
ふいに訊かれた言葉に我に返る。
「え? あぁ、別に何でもないよ」
まさか、
この前のサスケの言葉に捕らわれていました、なんて言える訳がない。
思いの外動揺してしまい、サスケの興味を自分から外そうと、一瞬のうちに室内を見渡す。
すると、サイドテーブルに白い錠剤の山があるのを見つけた。
「お前、薬飲んでないの?」
そう言うと、サスケはちらりと薬の山に目を向け、
「必要な薬なら飲んでる」
と、素っ気無く答える。
「必要な薬?」
自分がサスケの専属医師になって、薬は一度も出していない。
たまに、あまりに眠れないような時にだけ、睡眠薬を処方するが、
その時は目の前で飲ませていた。
したがって、薬は心臓に関するものだけのはずだが…。
「心臓病の薬は必要ないのか?」
そう言うと、サスケは咽喉の奥でクッと声を押し殺して笑った。
寒気がするほど冷淡な笑い方。
「心臓病ねぇ」
言いながら、薬を俺に投げ渡した。
受け取ったのは、何の変哲もない白い錠剤。
だが、裏の薬の表示を見て愕然とした。
「幻覚剤じゃないか…」
「毒盛られるよりいいけどな。
毒盛られたほうが、さっさと死ねていいんだけどな…」
そう言ったサスケの表情は、またいつもの無表情に戻ってた。
「お前、いつから気づいたんだ?」
「そう言うアンタはいつから?」
「何が?」
いきなりの質問に頭がついていかない。
「俺のことを、単なる患者や子どもと思わなくなったのは?」
「は?お前何言ってんの?」
「あぁ。逆かな?
最初は、単なるモノとしか見ていなかったのに、
今はヒトとして見てる。
違うか?」
「…何、言ってんの?」
「最近、アンタは俺のことを呼び捨てで呼ぶよな。
それに、『君』が『お前』になった。
なぁ、いつからだ?」
「……」
言葉に、詰まる。
言われるまで気づかなかった自分の変化。
いや、気づきたくなかった自分の変化。
いつの間に捕らえていくつもりだったモノに、捕らわれかけているなんて気づきたくもない。
まだ、今までの自分を諦められるほど、お前のことを俺は知らないんだよ。
だから、まだ捕まってやらない。
ひとつゆっくり瞬きをして、
「さぁ?」
と、いつも偽りの笑みを作る。
そんな俺にサスケは、微かに眉間を寄せたが、また無表情に戻った。
「サスケ、話逸らすんじゃないよ。
いつから、薬に気づいたんだ?」
「アンタの前の専属医の時」
「どうして?」
サスケはその問いにすぐには答えず、
少ししか見えない空を鉄格子越しに見上げ、小さく呟いた。
「慣れたんだよ…」
「何に?」
「薬に。
だから、薬の効きが弱まっていて、理性が微かに残っていた。
だから、気づいたんだよ」
平坦な声で淡々と言っているくせに、
目も潤んでもないくせに、
それでもサスケが泣いているように思った。
「…サスケ」
声をかけるしか出来なかった。
声をかけて、その後どうすればいいのか解らなかった。
サスケは何も言わずに、ゆっくりと瞬きをし振り返った。
「アンタ知ってる?
この薬、ただの幻覚剤じゃないんだぜ」
まだ俺の手の中にあった薬を取り返し、
カリッと小さな音を立てて、それを噛んだ。
そして、徐に白く細い腕を俺の首に巻きつけ、軽く触れるだけのキスをした。
ゆっくり離れていくその顔は、笑みを浮かべていたけれど、泣いていた。
真っ黒な双眸が、潤んで泣いているように見えた。
その一連の動きがあまりにも艶やかで、娼婦のようだった。
あまりの変化に驚いて何もできずただ、サスケを見つめた。
首に腕をまわされたままの至近距離で見つめ合う。
サスケは今も泣いているような笑みを浮かべている。
「薬、効きにくくなってたんじゃないの?」
口から出た言葉は、自分の声とは思えないくらい酷く冷淡なものだった。
なのに、サスケはそのままの表情で、
「効きにくくなっただけで、効くには効いてるんだよ」
と言った。
涙が流れ落ちてはいなかったけれど、泣いている。
もぅ手の施しようがないくらい傷つききっているのに、
それでも笑うサスケに、何かが突き動かされた。
気がつけば、サスケを抱きしめ、深く口づけていた。
求めるのではなく奪い尽くすように、何度も何度も深く口づけた。
頭の端でとうとう自分も狂わされたか、
と思ったけれど、そんなことはもぅどうでもよかった。
03.06.24
03.07.18 加筆修正。
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