煙草を咥えたまま、ライターを弄る。
カチリと小さな音を立てて、炎がつく。
何度も何度も繰り返す。
一瞬で炎がつき、一瞬で炎が消える。
炎は、俺の手に全てを委ねられている。
「吸わないんですか?」
振り返ると、手に煙草を持った真木医師がいた。
「いや、吸いますよ」
そう言って、咥えていた煙草に漸く火をつけた。
肺一杯に広がる、紫煙。
美味いとも、不味いとも思わないこの有害な煙を、一体自分は何故身体に取り込んでいるか。
何がきっかけで手を出したかは覚えていないが、気がつけばニコチン中毒になっていた。
単にそういうことなのだろう。
ふと、視線を感じると、真木医師が俺の煙草を見ている。
「何か?」
「いえ、セッタなんですね…」
「えぇ」
「うちはくんは、あなたがそれを吸ってると知ってます?」
「この前、当てられましたよ。
匂いで解かったみたいですが」
「あなたを拒絶しませんでした?」
「いえ、特には…」
真木医師は、少し視線を彷徨わせ、ちょっといいですか、と屋上に誘った。
屋上は何もなくて、ただ、馬鹿みたいに視界が開けていた。
360度視界を遮るものは何も無く、この下にあるサスケの病室とは大違い。
僅かばかりの空を見上げるのが、精一杯のサスケの部屋とは大違い。
真木医師は、手すりにもたれかかり、煙草に火をつけた。
何かを考えるように、ゆっくりと。
そして、ひとつ大きく紫煙を吐き出し、振り返る。
逆光でその表情は見えない。
「カカシ医師、うちはに狂わされました?」
「何ですか、いきなり?」
「…聴いただけですよ」
そう言って、煙草を口に運ぶ。
「私はね…」
「…」
真木医師の言葉を待つが、いくら待っても続く言葉は発せられない。
「医師?」
真木医師は、静かに背を向け、また手すりにもたれかかった。
「いや、何でもないですよ…」
そう言う医師の背中は、全てを拒絶しているように思えた。
けれど、俺を誘ったのは、コイツ。
「医師、言いかけたことを途中でやめるなんて、酷いですよ。
言ってくださいよ」
医師のすぐ横に立ち、見せ付けるように煙草を取り出し、火をつける。
「ね、医師。
中途半端はよくないと思いますよ?」
若干の脅しを含め問うと、医師は視線を落とし呟いた。
「誰が、あなたと同じセッタを吸ってたか、訊きました?」
酷く小さな、そして、しゃがれた声が耳に届く。
「いえ。
訊きませんでしたから」
「…」
「医師は、知ってるんですね」
「…」
「誰、なんですか?」
医師の手すりを掴む手が、微かに震えている。
けれど、そんなことはどうでもいい。
だから、無視して問う。
「誰なんですか?」
「…んです」
手と同様に震えた声は、酷く聞きづらく、肝心なところが聴こえない。
「はい?」
「彼の、お兄さんです」
医師の握り締めていた手の中の煙草から、灰が静かに風に飛ばされた。
火に焼き尽くされ、ただの残骸となった灰だけが、静かに消えた。
それとともに、自分の中でも何かが静かに消えた気がした。
2003.08.05〜09.13
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