警鐘が聴こえた。
これ以上近づくな、と警鐘が鳴り響く。
けれどそれ以上に、やっと終われるかもしれない、と希望の光が見えた。






サスケの病室に行くと、あの小さな窓を見ていた。
絶望も哀しみも映らない、あのガラス玉の瞳で。
俺がいようがいまいが、サスケは小さな窓を見る。
いつもと同じことなのに、今日はそれが少しだけ腹立たしかった。
俺を見ないで、空ばかり目に映す、君が少しだけ腹立たしかった。
だから、後先考えずに、君に訊いた。



「お前、お兄ちゃんがいるんだってね」

予想したとおり、君は窓を見るのを止めた。
緩慢に首を回し、やっと俺を見る。
いつもと同じようにその目に力は感じられない。
けれど、その目は僅かに驚きの色が現れていた。
それを見つけた瞬間、何かを感じた。

確かに何かを、感じた。
けれど、その感情は確かめる間もなく、静かに霧散した。
だって、君はまたいつもの目に戻っていたから。
何も映し出さないガラス玉の目に戻っていたから。


「…それがどうした」

声まで平坦。
何それ。
本当に気にしてないの?
さっき一瞬動揺したくせに。

「別に。
 さっき聞いたから、訊いてみただけだよ。
 で、お兄さんは来ないの?
 唯一の身内なんじゃないの?」


サスケは何も言わない。
ただ、じっと俺の目を見ている。
そこにどんな意味が込められているのかなんて、俺は知らない。

昨日、ワケの解らない衝動のままサスケにキスをしたけれど、
それはふたりの関係を変化させるに至らなかった。
サスケにとっても俺にとっても、日常に埋没するどうでもいい行為でしかなかった。


「身内だよ。唯一の身内だ」

静かに、サスケが言った。
どこか自嘲を含む声だった。

「見舞いに来ないの?」

クッと喉の奥で笑う声が聞こえた。
それから、サスケは本当におかしそうに声をあげて笑った。
ひとしきり笑った後には、冷淡な射るような目だけが残った。

「俺をここに入れた張本人が、態々見舞いに来るって言うのか?」

笑える冗談だな、そう付け加えたサスケの眼には怒りがあった。
初めて見た、君の怒り。
そして、それに対して生じた、君に対する怒り。

「何だ、お前お兄ちゃんに捨てられたんだ?」

父親にも捨てられて、お兄ちゃんに捨てられて、お前って『可哀想』なんだ。
声を上げて笑った。
殊更、蔑むように笑った。

ダンッ!

サスケが壁に拳を叩きつけた。
俯いてその表情は見えない。
そのままサスケはもう一度、けれど、今度は軽く壁を叩く。
コトリ、と小さな音が部屋中に響き渡る。

少しだけサスケの顔が上がる。
長い髪の間から覗き見えた君の口元は、笑っていた。
皮肉を浮かべて笑っていた。
その赤く光る口元が、小さく動く。
何度も何度も、同じ言葉を繰り返している。
その言葉が何なのかは知らない。
ただ、君は繰り返す。

それから君は口を閉ざし、また皮肉に笑うように口元を結び、俺を見上げた。
音も立てずベッドから降り、静かに俺に歩み寄る。
細くて折れそうな生白い両手を伸ばし、俺の頬に触れる。
体温を感じさせない、冷たい手。

「そう。
 俺は、『可哀想』なんだ。
 だから、慰めてよ」

噛み付くようにキスをされた。
唇に触れる冷たいサスケの唇。
それを感じた瞬間、
サスケに対してか、自分に対してか解からないけれど、何かやりきれなくて、虚しくて、
せめて一瞬の温もりだけでもこの子どもに分け与えてやりたいと思った。
だから、君の小さな身体をベッドに押し倒した。


誘ったのは君。
振り切れなかったのは、自分。
馬鹿みたいに君に触れてしまったのは、自分。







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