小さな窓から漏れ出る月明かりが、君の病的に白い肌を見せ付けるように照らし出す。
君は俺に背を向け、小さく、小さく丸くなって眠っている。
汗で張り付いた前髪を手で梳いてやれば、君は微かに震え涙した。
そして、何か聞き取れぬ声で呟いた。
君は、誰を思って泣くのだろう。











行かないで。
置いていかないで。

馬鹿みたいに泣き喚きたかったけれど、
何故か自分はそれができず、それこそ馬鹿みたいにその場に立ち尽くす。
そんな自分を慰めるように、
今父親だと知ったばかりの男の手が肩に置かれたのが、酷く気持ち悪かった。
その手を振り解いて、
あの去りゆく兄の手に縋っていたならば、何もかも変わっていただろうか。

行かないで。
置いていかないで。

声にならない叫びは、決して兄のもとには届かなかった。
そして、届いていたとしても、
アイツが絶対に振り向かなかったであろうと知ったのは、数年前。
事実を知った時、自分があまりに情けなくて笑った。
自分と引き換えに得た幸せを、アイツはどのように受け止めているのか。
どっぷりと蜜を吸っているのなら、別に今更どうでもいい。
けれど、後悔などしていたら許さない。
絶対に、許さない。



目が覚めると、銀髪の男が見下ろしていた。
一瞬、誰だか解からなくてただ見上げたら、そいつは人を喰った笑みを浮かべた。

「何?
 お前、忘れちゃったの?」

軽い口調の中に、様々な揶揄が見えた。
おかげでいろいろ思い出した。

「…」

答えるのも馬鹿らしく、もう一度目を閉じる。
その目に、手が触れる。
払いのけるのも鬱陶しくて、されるがまま。

「何を泣いてるの?
 怖い夢でも見た?」

柔らかく問い掛けてくるのに、目を開けて見たその顔には皮肉の笑み。
笑う、という表情なのに、どうしてコイツの笑みは純粋さの欠片もないのか。
そう思いながらも、目に触れる。
言われたとおり、触れた指先は濡れた。
まただ。

あの夢を見るたびに胸に浮かぶのは、追えなかった後悔と、諦め。
そして、最期に怒り。
アイツが後悔をしていたら、許さない。
絶対に許さない、という怒り。

それなのに、何故か自分はいつもその夢を見るたびに泣く。
どういった意味があるのか知らないけれど、泣いている。
――馬鹿らしい。

心の中で呟いたつもりだったのに、声に出していたようでカカシが訊き返してきた。

「何が馬鹿らしいの?」

「別に」

「お兄ちゃんのことでも考えてた?」

「…」

酷く気分が悪かった。
あんな夢を見たことも。
朝っぱらから、他人の体温が傍にあることも。
その相手が訊いてくる言葉も。

「ねぇ、サスケ?」



楽しそうに訊く男の声は、どこか遠くに消えた。
頭は霞みがかったように、不明瞭。

顔を埋めたシーツに涙が流れ落ちた。
どうして自分は泣いているのか。
捨てられた時を思い出して、哀しいのだろうか。

それならば、怒りは?
アイツが後悔しているというなら、許さないと誓った。
けれど、アイツは自分と引き換えに幸せを得たと聞いた。
それなら、怒りを感じる必要性はない。
なのに、どうしてアイツに怒りを感じるのか。
――何か、あった?


何があった?
ここ数年、薬漬けの毎日で記憶はあやふやなモノばかりだ。
その時に、何かあったのかもしれない。

何があった?
思い出せ。


そうすれば、
このクダラナイ世界に幕を閉じることができるかもしれない。






04.01.23〜04.05.17

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