挨拶をすませたらすることがなくなってしまった。
君は相変わらず、見てるんだか見てないんだかわからない瞳に俺を映す。
性格的に無言の圧迫なんてものは感じないから、別に気にならない。
たぶん、君も気にならないのだろう。
沈黙のまま 時間が過ぎていく。
端から見れば、お互いの目を見つめあった形のまま。
そして、沈黙を破ったのは君。
ゆっくり瞬きをして、どうでもいいように訊いてくる。
実際、どうでもいいことと思っているんだろうけどね。
「なぁ。何で、あんたは何も訊かない?」
だいたい何のことか予想はつくけど、すっとぼけてあえて訊く。
「何を?」
「何を?
解かってるくせに訊くのか?」
嫌味ではなく、本心から言ってるのが解かる。
「じゃあ、訊くけどね。何を訊いたらいいの?
君が原因かどうかは知らないけど、
前任の医師9名が自殺したりノイローゼになったりしたことが本当かどうか?
君が院長の隠し子かもって話を聞いたけど、そのことについて?
それとも、その左手首の傷について?」
「まぁ、そんなトコじゃないの。
で、アンタはそれを訊かないの?」
先ほどとは少し変わり、不思議そうに見ている。
初めて君の歳相応な表情を見た気がした。
それをもう少しだけ見ていたくて、直接的な答えはまだ言わない。
「訊かないね」
「何で?」
まっすぐ目を逸らさずに見てくる君は、やっぱり子どもなのだと思う。
自分は、もぅそんなふうに目を見て話すことはできない。
どうでもいいことや嘘なら目を見て話せるのに、本心を言う時はもぅ目を見て話せない。
目はね、嘘をつけないんだよ。
相変わらず、君は目を逸らすことなく見つめてくる。
逸らそうと思えばそ逸らせたけど、どうせこれから言うことは本心なのだから逸らす必要はない。
だから、強い視線から目を逸らすことなく答えた。
「変わらないから」
一瞬、君は驚いた顔をして、すぐに苦笑した。
意味が解かったのだろう。
君は俺から目を逸らし、少しの空しか見えない鉄格子つきの窓を見上げ、自嘲気味に呟いた。
「その通りだよな。
アンタが訊いたからって、何も変わらない」
そう、俺が訊いたからって何も変わらない。
君が原因かどうかは知らないけど、前任の医者が9人自殺やらノイローゼやらでダメになったのは事実。
理由を訊いたところで、その事実は変わらない。
それに、君が院長の隠し子ってことが本当かどうかも関係ない。
君の手首の傷含め病気のことは医者として訊かなきゃだろうけど、訊いたところでどうなるってワケでもない。
医者として失格だろうけどね。
もっと言えば、君が精神的に病んでいるかも関係ないのだろう。
結局、君はここからは出られない。
その事実は変わらない。
君が籠の中の鳥ってことは変わらない。
子どもってのは、無力なんだよ。
大人ってのは、都合だけで生きてんだよ。
そして、現実ってのは変えることはできないんだよ。
…どれも君は解かってるみたいだけど。
無力な君が見上げた窓を 一緒になって見上げた。
きっちりと嵌められた鉄格子に、自分が無力だということを思いしらせれた気がした。
もぅ、俺は無力な子どもではないはずなのに。
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