30分ほど何をするわけでもなく、室内と君を見ていた。
布団からのぞく艶のない黒い髪。
相変わらず、規則的に上下する身体。
時折、うなされて息を詰める声が聞こえる。
でも、起こそうなんて思わない。
自分の苦しみは、自分でしか解決できない。
精神科医なんてやってる俺が言うんだから、間違いないよ。
心は ――心の痛みは共有できない。
痛いことがあるって事実だけしか伝わらない。
解決なんて自分以外の誰もできやしない。
人の忠告聞いてそれで治るくらいなら、最初から縋れるものすべてに縋ってる。
解決策から自分で考えなければ、意味がない。
手を差し伸べることが、優しさだなんて思わない。
それは、単なるエゴとしか言わない。
エゴ…。
エゴねぇ。
思いついたついでに、君を起こしていいですか。
君を起こすのも、俺のエゴ。
どうせ本心からではなく、仕事だからって理由でエゴ的行動をしなければならないのだから、
今仕事を始める前に、君を起こすというエゴをしてもいいよね?
そう決めたら あとは早い。
君の名を呼ぶ。そっと。上辺だけの優しい声で。
「サスケくん。ねぇ、起きてよ。」
君は静かに寝返り、ゆっくりと目を開ける。
今まで眠っていたとは思えない、意識がはっきり宿った目。
でも、どこか虚ろな影が見える目。
それを見て確信する。
「何で途中から寝たふりしてたの? ご丁寧に呼吸まで偽って。」
君は何も答えず、ただ俺を見る。
だから、繰り返す。
「ねぇ、何で?」
君は俺から視線を外し、天井へと視線を向ける。
「…帰るかと思ったから。」
まだ幼さの残る少し高めの声で呟く。
「帰って欲しかった?」
訊くまでもないことだったけど、なんとなく意地悪で訊いた。
数瞬の沈黙。
「さぁ?
帰って欲しかったかもだし、帰って欲しくもなかったかもね」
「…何それ?」
君は、少し自嘲の笑みを浮かべる。
「どうでもいいってことだよ。
いつものように嫌な夢見て、目が覚めたら人の気配がした。
で、ちょっと考えた。
ここから出られないのは、事実。
新しい精神科医が今日来るってことも、事実。
しかも、その精神科医はいつもと同様に俺専属。
今、無視したところで、夜また来るかもしれない。
夜来なかったとしても、明日も明後日も確実に来る。
だったら、今だけ無視ってもいいし、とりあえずさっさと顔合わせをしてもいい。
でも、自分から行動を起こす気にはなれなかった。
だから、アンタがどういう行動に出るか任せただけ。
アンタが諦めて帰るもよし、俺の狸寝入りに気づかないまま放っておくのもよし、
気づいて…まぁ、気づかなくてもだけど、声かけるなり叩き起こすなりするのもよし。
決断をアンタに任せただけ。
そして、アンタは俺を起こした。
それだけだ」
淡々と君は話す。
「…ふぅん。でも、なんかそれって微妙に答えと違わない?」
「そうか? まぁ、俺は精神が病んでるだろ?
だったら、適当に自分で納得いくように、カルテに新しく病名でも付け加えておけば?」
そう投げやりに言いながら、身体を起こす。
そして、君は相変わらず淡々と続ける。
「で、アンタが新しい精神科医?」
いつの間にか、俺が楽しみにしていた『二人そろって初対面』は終わっていた。
けれど、見えない攻防戦は静かに始まっている。
とりあえず、君は12歳なんて年齢を感じさせなくて、面白いってことは解った。
だから、予定通り楽しませてね。
その間に見極めるから。
君が死神なのか、罪人なのか、単なるガキなのか。
だから、少しだけ付き合ってあげるよ。
なかなか答えない俺に対して、不満も苛立ちも表さず君はただ俺を見ていた。
答えを待ってるんじゃなく、ただ瞳に映っているから俺を見ているだけ。
まだ子どもなのに、たぶん期待というものに意味がないということを知っているのだろう。
でも、だからって同情も覚えない。
だって、君が生きていくうえでそれが必要だったてことだから。
君は単に、生きていく術を身に付けたってだけだから。
けれど、やっぱり世間一般ではそういうのを可哀想って言うのだろうね。
変なの。
それって、少し笑える。
笑みがもれたまま、気にせず俺は言った。
「そぅ。新しい精神科医だよ。
名前はカカシ。
カカシ医師でも、カカシでも、アンタでも、好きに呼んでよ」
そう言うと、君は変な名前とだけ呟いた。
04.04.13 微修正。
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