別に覗き窓があるんだから、そこから君を見てもよかった。
けれど、それはしない。
俺だけ先に君の姿を見たら、『二人そろって初対面』はできないから。
二人同時じゃないと、やっぱ不公平でしょ。

初対面で二人同時に、戦略を練る。
相手がどんな出方をするか、一瞬で見極め、自分も応戦する。
そうでなきゃ、やっぱお互い楽しくない。
そのためだけに、今回はカルテもろくに見ていない。
…医者失格だけど。


小さな覗き穴から扉の前に君がいないのを確かめ、重厚な扉をノックする。
かなり分厚くてノックの音はあまり響いてはくれず、聴こえたかどうか怪しいけれど。
静かに鍵を開け、人のいい笑みを浮かべ入る。



「初めまして、こんにち…」

けれど お目当ての君は、部屋の奥のベッドにもぐりこんで眠っていた。
こちらに背を向けて丸まってるから表情は見えないけど、
規則的にかすかに上下する布団から君が本当に眠ってることは解る。

今は昼過ぎで、飯食っておなかいっぱいになって、その上薬なんか飲んじゃったらそりゃ眠くなるか。
でも、なんか結構期待してただけに残念なんですけど。
ん、残念?
本当に、君は楽しませてくれる。


感情なんてここ数年働かなくなってたのに、君のことを聞いて以来、
『楽しい』って感情も『残念』って感情も引き起こしてくれた。
あってもなくても変わらないけど、とりあえずは楽しませてくれることは確定かな。
でも 予想と反し、君が死神でも罪人でもなかったら、その時はどうしようか?
ねぇ?
知らず笑みがもれる。


君はまだ起きないようだから、
ベッドの横にあったパイプ椅子に座り室内を観察する。
8畳ほどのコンクリート剥き出しの部屋に、窓が2つ。
背の高い俺がやっと外を見れるくらいだから、君は外が見れない。
窓の外には鉄格子。
外からもはっきりそれが見えるだろうけど、表向きは、
この角部屋は特別室関係の倉庫ってことになってるから、誰も不信に思わないのだろう。

その窓からわずかに光が差し込む位置に、君が眠るベッド。
簡素な固定された鉄パイプ製のベッド。
横には俺が座ってるパイプ椅子。
その他には、何もない。

あとは、覗き穴の真正面にあるカーテン。
奥にはバスタブとシャワーがあるだけ。
君がお風呂に入ってるときは、覗き穴から監視される。
不便だね。

その横のドアを開けると、センサー付きのトイレがある。
君が5分以上閉じこもってたら、婦長か院長がくるんだっけ?


ホント、笑えるほど君は不便だね。







03.08.19 加筆修正。 04.04.13 微修正。

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