息を切らせ扉を開けると、
サスケはその簡素な部屋の簡素なベッドの上で、小さな鉄格子つきの窓を見上げていた。
いたる処に包帯が垣間見えるが、意識はしっかりしているようで、
ゆっくりと振り返る。
そして、一ヶ月ぶりにサスケの声を聞く。
「…誰?」
聞きたかった声で、
見たくなかった現実を突きつける。
本当に、お前は忘れてしまったの?
俺が、解らない?
ゆっくりと、サスケに近づく。
サスケは見上げた視線を外さずに、俺を見つめもう一度問う。
「誰?」
目の前に辿り付き、跪き視線を合わす。
手を伸ばし、髪に触れる。
頬に触れる。
唇に触れる。
温かい。
あぁ、生きている。
そう思ったら、衝動的に抱き寄せた。
小さな身体を強く、強く掻き抱いた。
身じろぐサスケ。
小さな手が突っ張って、離れようと足掻く。
そして、震える声で訊いてくる。
「誰?」
「解らない?」
「…解らない。 誰?」
黒い瞳が戸惑いのせいか、僅かに潤んでいる。
お前のそんな目を見るなんて、思わなかったよ。
ゆっくりと、身体を引き離す。
「本当に、解らない?」
「解らない」
「そう…」
怯える目、怯える身体。
お前、本当にサスケ?
「誰?」
「お前の――」
それに続く言葉は?
担当上忍?
上司?
理解者?
恋人?
どれも、12歳のサスケなら続けられる言葉。
けれど、このサスケには、どれも無意味な言葉。
「俺の?」
「お前の…。
サスケの、知り合いだよ…」
「俺は、アンタを知らないよ」
ずきりと痛む胸。
「そう。
でも、それでも俺はお前を知ってるんだよ」
眉間に皺を寄せてじっと見つめ、必至に思い出そうとしている。
この歳のサスケは、一族以外の者を知らない。
あの大きなうちはの屋敷に閉じ込められ、英才教育を受けていたのだから。
だから、知っているのは家族と僅かな一族の者だけ。
その中に俺が居たかを思い出そうとしているのだろう。
少しだけ、不安そうな顔を浮かべ訊いてくる。
「…うちはの人間か?」
「…そうだよ」
そう言うと、サスケは傍目から見ても嬉しそうに笑った。
やっと、頼れる人を見つけたとでもいうように、嬉しそうな笑みを浮かべた。
どうして自分がそんな嘘をついたのか、答えは簡単なことだった。
そうでも言わなければこの子どもが警戒心を解かないことを知っていた。
全てを拒絶し、一族の帰りだけを待つこの子どもの心に入りたかった。
嘘でもいいから、また俺を見てほしかった。
けれど、調子に乗りすぎた。
あまりにサスケが幸せそうに笑うから、隠していた写輪眼を見せてしまった。
サスケの顔が凍りつく。
声にならない悲鳴をあげ、怯え、喚き、ぱたりと、倒れた。
ねぇ、サスケ。
俺、どうしたらよかった――?
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