「何も見ない。 誰も見ない、と決めた。 だから、アンタのことももう見ない」 泣きそうな顔して言うセリフですか。 歯を食いしばってまで言うセリフですか。Decided to see nothing.
自分のせいで誰かが死んだ。 数え切れない人が死んだ。 たったひとつのスイッチを好奇心で押しただけで、 眼下の光景が、一瞬にして爆音と共に灰と化した。 ただ、呆然とその光景を見やる。 一瞬前、そこには小さな町並みが広がっていた。 自分の住んでいる街から車で3時間かけて、連れてこられたのは小高い山で、 そこから小さな町を自分と教授はふたりで見下ろしていた。 「これを押してはいけないよ。 これは特別なスイッチだからね」 隣で穏やかな笑みで言うのは、教授。 茶色いヒゲが豊かな白衣を着た初老の男。 彼は言いながら、掌に乗るくらいの赤い半透明なスイッチを見せた。 そのスイッチは太陽の光の下キラキラと光っている。 あまりにも綺麗で誘われるまま、手を伸ばす。 教授が気づいて、自分にそれを渡す。 手にしたそれはひんやりと冷たく、手に心地いい。 綺麗で手に馴染んで、思わずスイッチを――押した。 直後に眼下から閃光が光ったと思えば、爆音が轟く。 咄嗟に顔を腕で庇った。 耳がやられたようで、じんじんと痛むだけで音を正確に伝えてこない。 けれど、顔を庇った腕に痛みは感じず、恐る恐るその手を離す。 土埃がゆっくりと明けていく。 眼下に広がる町並みと、それを埋め尽くすようにいた人たちが消えた。 見えるのは、灰色の荒涼とした世界だけ。 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。 背中から、冷汗が伝う。 身体が硬直したように動かない。 それでも、確認せずにはいられない。 ギリギリと音でも立てそうなほど固まった首を回し教授を仰ぎ見たら、彼は笑った。 薄っすらと口の端を上げて。 「あー、押しちゃったね。 君が、殺しちゃったね」 ガタガタと震え出す身体。 死体は勿論、 家すらも跡形なく消えて荒野と化した場所を見下ろしているのは、自分と教授だけ。 「俺が…やったの?」 懇願するように、教授を仰ぎ見た。 けれど、教授は笑みを浮かべたまま言った。 「そう、君がやったの。 何の罪もない多くの人を君が、殺したの」
2004.05.13〜『Decided to see nothing.』=何も見ないと決めた。 Back Next