「ここから出して」

潤んだ瞳で君は言った。
けれど、その瞳とは対照的に君の声はとても平坦で、感情が一切伝わらなかった。
その違いに 何故だか惹かれた。
そう思った瞬間には、もぅ君に捕らえられてしまったことを自覚した。










籠の中の鳥。
「カカシ医師(センセイ)、就任そうそうやっかいな患者に当たりましたね」 振り返れば、嫌な笑いをしている男がいた。 「えっと、確か真木医師でしたっけ?  やっかいな患者ってどういうことですか?」 男は人をバカにした笑みを強める。 「知らないんですか?   先生の担当患者、有名なんですよ。 ――医師殺しってね」 「医師殺し、ですか」 「そう、うちの病院に入院して5年。 そして、その間に自殺した担当医は3人。 ノイローゼになったのは6人ですよ」 5年間で、9人の医者をダメにした子ども、か。 ふーん、なかなかやるねぇ、 なんて喜んでたら、それに気付かずなおも男は続ける。 「うちはっていって、ここの院長の隠し子らしいんですよ。 だから、精神科もないこの病院に精神科医を専属に一人雇って、6階の特別病棟に入れてるんですよ。 たったひとりのための閉鎖病棟ですね。 まぁ、そうすれば、一般患者には知られませんからね」 「でも、人の噂に戸は立てられないと言いますから、  どうせ他の患者さんとかにもバレてんじゃないですか?」 ねぇ、ほら。 あなただって、現に得意げに俺に話してる。 秘密を隠せない質なんじゃないんですか? という、言外にバカにした響きを含ませて言ってみたけど、男はそれに気づかない。 あぁ、こいつって使えないヤツなのね、評価終了。 もぅ、消えてくれ。 けれど、男は続ける。 「知ってるのは4人だけですよ。 院長、婦長、僕。そして、カカシ医師あなただけ」 「あぁ、そういえば、心臓が悪いって言ってましたね。 医師が担当医なんですか」 「えぇ。そうですよ」 得意げに言う男を横目で見ながら、よく噂にならねぇなって思う。 そして、疑問発見。 「俺は専属ですよね?医師も専属なんですか?」 「あぁ、違いますよ。僕は一般も受け持ってます」 って、ことは意外にこいつ自制心あるんだ。 よく今まで他のやつらに話すの我慢できてたよな。 と思ってたら、タイミングよく訊かれた。 「カカシ医師、秘密持つの得意ですか?」 真剣な顔も出来るんだな、とか思いながらも答える。 「まぁ、精神科医なんて普通の医者以上に口が固くなけりゃ、やっていけませんしね」 苦笑混じりに言うと、男も苦笑混じりに言う。 「…そうですね。口が固くなければいけないんです。  僕の前任の医師なんて、今は無医村に飛ばされてますよ。 まぁ、話した相手ってのがここのナースだったから、 一緒に飛ばされて噂にはなりませんでしたね。 ただ不倫の末、駆け落ちしたっていうニュアンスの噂にはなりましたが。 …僕はそんなのごめんです。ここは秘密さえなければ給料は倍ですからね」 ふーん、一応理性はあるんですね。 ちょっとだけ評価を上げますね。 あぁ、そうだ。 もぅひとつの疑問訊いておこう。 「真木医師、医師はうちはに狂わされなかったんですか? あと、前任の医者も」 「…僕も前任の先生も、直接会ったこともなければ顔も知りませんよ。 知ってるのはカルテで解かる情報だけ。ほとんど院長と婦長が診てるんです。 心臓病って言っても、単に人より少しだけ弱いってだけですし。 薬でどうにかなる程度なんですよ。 僕は、たまに薬の相談にのるだけ。 でもね、本音を言うとそれでよかったって安心してます。 だって、怖いじゃないですか。直接関わった人は、院長と婦長以外はダメになっている。 僕は、まだ死にたくも、社会的にも抹殺されたくないですから、知らなくていいんです」 淡々と、だけど、本心から言ってることが解かった。 一体、俺はどんな患者を受け持つことになったのだろうか。 死神なみに不幸を呼ぶ子どもってことだけは、とりあえずは解かったな。 そう思ったら、楽しくなってしまった。 ――退屈しのぎになると思ったから? それとも、自分が終われると思ったから?
2002/12 2004.04.13 微修正。

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