愚者の信仰 (side.S)
「サスケ」 呼び止められ振り返ったら、ヒゲ面クマがいた。 「…何ですか、アスマ…先生」 「ちょっと付き合え」 言うなりクマは俺の腕を取り、近くの居酒屋へと連れ込んだ。 それから、一升瓶をどん、とカウンターの前に置いた。 「…俺、まだ飲めないんですけど」 「んなことは知ってるよ」 お前はこっちでも飲んでろ、と烏龍茶を渡される。 言われるままにそれを手にはしたが、この状況がよく解からない。 「…俺に何か用ですか?」 「…」 クマは苦虫をつぶしたような顔をして、一気に酒を煽る。 それを数回繰り返した後、いやに真っ直ぐな視線を寄越した。 「お前、離れろ」 「は?」 意味が解からない。 それでも、クマは続ける。 「アイツから離れろ」 「…」 意味が、解かってしまった。 「もう一度言う。 アイツから、離れろ」 その言葉に、自分は何を思ったのだろう。 一瞬のうちに様々なことが駆け抜けたけれど、結局はその一瞬ではよく解からなかった。 ただ、一緒にいても禄なことにならない、なんてことは自分が一番知っている。 離れたいと誰よりも思っているのが自分で、それと同じくらいに、 離れられない、ということも誰よりも知っているのも自分だった。 笑いが出た。 自分に対してか、アイツに対してか、それとも両方に対してか知らないけれど―― クマが怪訝な顔で俺を見る。 「アイツが俺の担任である限り、無理だろ」 見当違いの言葉を発した。 クマは眉間に皺を寄せる。 「…そういうことじゃねぇ」 あぁ、知ってるよ。 でも、そういうことでもあるんだよ。 「そうなんですか?」 さらりと言ったら、ますますクマの顔に渋面が広がる。 「…お前とアイツは似てるよ」 それも、知ってる。 「お前ら、このままじゃ共倒れするぞ」 そう遠くない未来そうなるだろうな。 「…解かってるんだろ?」 あぁ、解かってる。 「…本当に、お前ら似てるよ」 知ってるよ。 だから、互いに泥沼に嵌まったんだ。 もう、抜け出せない。 どちらか死ぬまでこの関係は変わらない。 そんな処まで行きついてしまっている。 「…もう、用はないですよね。 俺、帰ります」 席を立ち背を向けたら、もう一度呼び止められた。 「サスケ、お前はアイツに何を望んでいるんだ?」 「…さぁ」 クマは、もう行け、と小さく呟いた。 何を望んでいるのか? そんなことなんて知らないし、解からない。 いつの間にか俺たちは、互いにずるずると引きずりあっていた。 抜けきれない泥沼に嵌まっていた。 それなのに、時折カカシは酷く柔らかな笑みで笑う。 安心しきった笑みで笑う。 その時、忘れてしまう。 自分たちのこの腐りきった関係のことを。 それがまやかしだと解かっていても、その一瞬は俺も笑える。 それに、俺は救われている。 …望むとか、望まないとかじゃない。 泥沼に入り込んだままお互いしか見えなくて見たくなくて、 馬鹿みたいな幻想抱いて救われた気になっている。 そんな不安定な上に俺たちが成り立っている。 そんな不安定な中でしか、俺たちは生きられない。 生きて、いけない。 似たもの同士が、傷舐めあってるだけなのかもしれない。 でも、もう何もかも遅い。 引き返せないとこまで行きついているのだから…。
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