[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。





Cry for the moon. 6

「凄く今更だけど、お前誰?」 簡単な昼食を男が作ってくれて、 それをふたりで食べながら、思い出したかのように訊いてくる。 「…本当に、今更だな」 「まーね。  で、誰?」 「人に名前を訊く前に、自分から名乗るのが礼儀じゃないのか」 「俺のこと、知らないの?」 男は、信じられない、と目を瞬かせる。 …自意識過剰め。 「初めて会った時言っただろ。  あの日初めて、友達にDVDとMDを借りてアンタの存在を知ったんだよ」 「…十分じゃない」 「…十分なのか?」 「…じゃないの?」 「…」 会話が上手く繋がらない。 わざとやっているというのなら対処のしようがあるというのに、 この男ときたら真剣に解っていないから始末が悪い。 「…名前は?」 「人に名前訊く前に、自分から名乗るのが礼儀、なんでしょ」 にやりと男が笑う。 きっと、コイツは何を言っても通じない人種なのだ。 漸く、それを悟る。 「…うちはサスケ。12歳」 「12歳か…」 少し考えるように、男が呟く。 「…何だよ」 「いや、解ってはいたけど、犯罪だなーと」 「…今更だろ」 「…だね」 苦い笑いを洩らす男の心がよく解らない。 「で、アンタは?  『カカシ』って本名?」 「本名だよ。  はたけカカシってのが正しいけれどね」 「…ふーん」 「…何、その間」 「別に、何でもない」 ただ、芸名かなんかだと思ってた。 嘘を本当のように見せる男の名前が、 本当の名前とはかけ離れている気がしていたから、少し驚いた。 「アンタ、何歳?」 「お前ね、俺、名乗ったんだけど」 ため息を吐きながら男が言ったけれど、意味が解らない。 「いや、だからね。  普通、名乗ったんだからその名前で呼ばない?」 言われてみれば、そうだと納得するのだけれど、 思い返したところで、同じように自分も呼ばれていない。 「アンタも俺の名前を呼んでない」 「あー、それは失礼しました。  俺は、26歳だよ。  サスケ」 棒読みで一気に言われたのに、その言葉に肩が震えた。 「サスケ?」 泣きそうになった。 自分の名前を呼ぶ、大人の声。 もう聞くことはないと思っていた、大人が名前を呼ぶ声。 名字ではなく、自分を認識させる名前を呼ぶ声。 あの日以来、自分を名前で呼ぶ大人はいなかった。 それだけで、泣きそうになった。 嬉しいのか哀しいのか判別もつかぬ感情が込み上げる。 けれど、それが情けないということは解りすぎるほど解っている。 フォークを握っている手に力を込める。 痛みで現状を思い出そうとする。 それ以外の方法を知らないから。 そっと、握り締めた手を掴まれた。 見上げれば、カカシが見ていた。 「傷つけること言った?」 「言ってない」 ただ、勝手に自分がいろいろ思い出して、勝手に泣きそうになっただけ。 「ご飯まだ食べる?」 答える気力もなくなり、首を振った。 「じゃあ、また寝よう」 学校に行かなきゃいけないとか、 せめて家には帰らなきゃいけないとか、 いろいろ頭を過ぎったけれど、今は人恋しかった。 一度知ってしまったぬくもりからは、逃れられなかった。 誰でもいいから、傍にいて欲しかった。 カカシはテーブルをまわってきて、自分を抱き上げた。 抵抗しなければいけない、と漠然と思ったけれど、 それは一瞬で、触れた肌から伝わるぬくもりに縋りついた。 カカシはあやすように、背を叩いた。 首に手をまわし、肩に顔を埋めて呟いた。 「ごちそうさま」 いただきます、は言わなかったけれど、さまざまな感謝の気持ちを込めて言った。 カカシは驚いたように固まったけれど、それからすぐに笑う気配が伝わった。 穏やかな声で、お粗末さまでした、と聴こえた。 何もかもが嘘みたいに温かくて、泣けないくせに何度も泣きそうになった。
04.05.16
Back        Next →