Cry for the moon. 3

「で、お前は何だって俺に抱かれたの?」 煙草の煙を燻らせ、男が訊いてくる。 けれど、それには答えない。 「しかも、初めてじゃなかったでしょ」 にやり、男とが笑う。 けれど、その問いにも答えない。 その辺に落ちてあった服を拾い上げ身につけていく。 「お前は言いたいことしか喋らないの?」 クスクス笑う男。 その問いにだけ、答えてやる。 「アンタとは逆だな」 「何が?」 「アンタは言いたいことは喋らない。  どうでもいいことばかり喋る」 「違いない」 男は、クッと喉で笑った。 「帰っちゃうの?  まだ夜中だよ」 「ガキで男襲う馬鹿はいない」 「いるじゃん。  俺、とか」 その問いにはすぐには答えず、身支度すべて整えてから振り返って答えた。 「そうだな。  アンタとか……俺の兄貴とか、馬鹿はいるみたいだな」 一生誰にも言うつもりはなかったのに、男の反応が見たくて言ってしまった。 けれど、男は特に反応はせず、静かに笑うだけだった。 「そこに『愛』はなかったの?」 「…」 「ねぇ、なかったの?」 重ねて問う声も、先程までの態度が嘘のように静か。 けれど、それに答える自分の声は、酷く冷たい。 「だから、『愛』って何だ?  アイツへの家族愛なら持ってた。  でも、それは一方通行だったんだろうよ。  アイツは俺にそんなもの持っていなかった」 「君のお兄ちゃんは家族愛を持ってなかったのかもしれないけど、  他の愛は持ってたんじゃないの?」 真っ直ぐに見つめてくる視線が痛い。 あの、人を馬鹿にする態度で訊いてきたのなら、きっと流せただろう。 でも、こんなに静かに、穏やかに訊かれたら、うまく流せない。 答えることも、動くこともできなくて、ただ男を見つめる。 「ねぇ、そこに愛はなかったの?」 ふっと穏やかな笑みで、また男が問う。 それに漸く、心が、身体が動き出す。 「…あった、のかもな」 床に置いていたバッグを掴んで、踵を返す。 その背中に、そう、と呟く男の声が聴こえた。
04.04.24
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