少しずつ、少しずつ、
音も立てず崩れ落ちるように、アンタは壊れていった。
狂人の恋
その日は久しぶりに天気がよくて、シーツを洗った。
庭先に出て、皺にならないようにパンパンと勢いよく叩く。
ふいに視線を感じ振り返ると、さっきまで縁側で寝ていたカカシと目が合う。
まだ、寝ぼけているようで、焦点が定まっていない。
無視して、シーツを叩く。
パンパンという音だけが、響く。
また視線を感じ振り向くと、カカシと目が合う。
今度は、ちゃんと目が覚めているようだ。
「サスケ」
寝起きの掠れた声で呼ばれる。
「何だよ」
「好きだよ」
ヘラリと力なく笑いながら言われた。
その笑い方なら、まだ大丈夫。
「そうかよ」
最後の一枚となったシーツを干して、また叩く。
「好きだよ」
先ほどとは微妙に違った響きに、思わず振り向く。
けれど、さっきと同じヘラリとした笑みを浮かべている。
まだ、大丈夫…?
だが、少しだけ不安がよぎる。
「サスケ」
縁側に座りなおしたアンタは、手招きをして俺を呼ぶ。
今度は、笑みなんか浮かべてなくて、真顔だった。
胸が、ズキリと痛んだ。
「…何?」
ふらりと、吸い寄せられるように足がカカシへ向かう。
座ったままのアンタは、立ったままの俺より当然目線は低く、
見上げられる形になる。
「サスケ」
「だから、何だよ?」
ワケのわからない呼びかけに苛立つより、怯える自分がいた。
手が、伸ばされる。
カカシを見ると、その手を取って、と言ってるかのように微笑んでいる。
だから、その手を取る。
すると、その手を思いっきり引っ張られ、
カカシの腕の中に倒れこんでしまった。
「何すんだよっ! 離っ…」
抗議の言葉を首筋に走った痛みが、最後まで言わせなかった。
カカシに首筋を噛み付かれた。
食い千切られるように強く。
ずきずきと痛むそこから、液体が流れる感触。
血か?
と思ったものの、いくら思いっきり噛まれたとはいえ、
血が流れ落ちるほどではない。
…カカシの涙?
有り得ないようでいて、その考えに思いつくと妙に納得する自分がいた。
お互い抱き合った形のまま。
カカシの表情は見えない。
でも、たぶん声を殺して泣いている。
かける言葉なんて知らない。
知っていたら、カカシが望むだけ言ってやりたいのに、
こういう時にどう言えばいいか解らないんだ。
だから、せめて何も言えない代わりに、カカシを抱きしめた。
手を伸ばした背中は、震えてなんかいないのに、震えているように感じた。
俺よりも一回り以上年上のこの男が、自分より小さな幼子のように思えた。
何も言えず、ただ抱きしめて背中をさする。
しばらくそうしていると、首筋からカカシが口を離した。
けれど、そのまま肩口に顔を埋めたままで、表情は伺えない。
「好きだよ」
「…」
「サスケ、好きだよ」
「…それは、もぅ聞いた」
「うん。
何度でも言いたいんだ」
「…」
「ずっと、一緒にいたいんだ」
「…」
答えたいのに、答える言葉を持ち合わせていない。
一緒にいたいのに、『ずっと一緒』なんて叶わない約束ができない。
嘘でもいいから、カカシのために答えてやりたいのに、
その言葉は俺の口からは出てこない。
「ねぇ、一緒にいたいんだ」
もぅ一度小さな声で呟かれる。
「…」
それでも、答えないでいると、また思いっきり首筋を噛まれた。
ドクドクと血が脈打つ音を感じる。
「サスケを食べたら、ずっと一緒にいられるかな?
俺の血や肉になって、サスケは生き続けるのかな?」
「…」
何処までも静かな声に、胸が詰まる。
何も答えられない自分が悔しい。
「ねぇ、サスケ。
喰っていい?」
「…」
「ねぇ、サスケ。
喰って、いい?」
「…えよ」
「何?」
「喰えよ。
お前の血肉になるなら、別にいいよ…」
「…嘘つきだね。
そんなことできもしないのに」
そう言うと、今まで噛んでいた処を優しく舐めた。
それから、カカシは小さく「嘘だよ。ごめん」とだけ呟いた。
相変らず、肩口に頭を押し付けて、表情なんて見せてくれなくて、
それでも、カカシが恐らく泣いていることが解ってしまって、
そんなカカシをさらに抱きしめたら、自分も泣きたくなった。
アンタが望む言葉をかけてやりたいと思うのに、
望む言葉が決して叶えられない言葉だったから、その言葉を言えなかった。
言っては、いけない気がした。
俺達には明るい未来なんてのが、どうして似合わないんだろうな。
ただ、好きってだけじゃ、愛してるってだけじゃ、どうしていけないんだろうな。
何もかも捨てて、
俺だけしか見なくなったアンタ。
何もかも捨てきれず、
しがらみばかりが増えていくのに、それでもアンタを捨てられない俺。
ただ、一緒にいたいってだけなのに、
そんな夢さえも、俺達は自由に見ることができない。
アンタに喰われて、アンタの一部として生きてやれたら、よかった?
2003.4.25〜06.24
2003.07.14,2003.08.18
加筆修正。
以前から書きたがっていた『狂人の恋』ですが、当初思ってたのとは違う感じに。
副題『カニバリズム』と言いたかったけど、それすらも無理に。
枝分かれしてできた前作『永遠』(←クリック)と意味は違えど、同じような終わり方に。
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