嘘だと言ってほしかった。 だけど、嘘だと言ってほしくもなかった。嘘
空が高く感じる秋晴れの日に、アンタは言った。 「別れよう」 縁側にふたり並んで座って、茶を啜っている時だった。 俺の顔も見ず庭先のほおずきを見ながら、何でもないことのように言われた。 だから、俺も言った。 アンタの顔も見ずほおずきを見ながら、何でもないことのように。 「解った」 静かに時が流れる。 アンタの茶を啜る音だけがやけに響いて聴こえる。 アンタは持っていた湯飲みを静かに床に置いた。 そして、今度はしっかり俺のほうを見てもぅ一度言った。 「別れよう」 だから、俺ももぅ一度言った。 アンタとちゃんと向き合って。 けれど、湯飲みは置かずに言った。 「解った」 お互い静かに見つめあったまま。 先に口を開いたのは、アンタのほうだった。 「どうするの?」 「何が?」 「これから」 「さぁ? 別に何も変わらないんじゃないのか。 アンタは俺の教師。そして、俺はアンタの生徒。 これまでと別に変わらない。 あぁ、もぅこうやってアンタの家に来ることはなくなるかな」 アンタは苦笑した。 「そう言われると痛いね。 本当に、別れるとか別れないとかって意味のない言葉のようだね。 俺はお前の教師。そして、お前は俺の生徒。 でも、本当にそれだけだった?」 …嫌な質問をしやがる。 でも、アンタと俺の関係って、本当に何なんだろうな。 最初は強さに惹かれた。 次に、もぅ自分とアイツ以外に見ることはないと思っていた、 赤く光る左の目に関心を覚えた。 そして、アンタは何かと『可哀想』な俺をかまった。 鬱陶しく思い邪険にしても、アンタはそれでも俺をかまった。 だから、放っておいた。 そしたら、いつの間にかいつも傍にいた。 それだけ、それだけだ。 「…それだけだ」 アンタはひとつ溜息をもらしたあと、ゆっくり急須から茶を自分の湯飲みに注いだ。 何も言わずに、ただ茶を注いでいる。 ただそれだけのことなのに、何故か胸につまった。 何か言おうとしたけれど、言葉にならない。 ただアンタを見ていた。 そんな俺にアンタは何も言わず、俺から湯飲みをとり、新しく茶の入った湯飲みを渡した。 「それじゃ、指先が寒いままでしょ」 言われて初めて自分の指が震えていることに気がついた。 けれど、これは寒さからくる震えではない。 それにアンタは気づいているだろうに、あえて逃げ道を作ってくれた。 怖かったんだ。 だから、震えているんだ。 「…強くなりたかった」 指先の震えは止まらなかったままだったけれど、 声はまったく震えず、普段と変わらなかった。 「アンタの強さに憧れたんだ」 手渡された湯飲みの温かさを指先に感じながら言った。 「そう」 アンタは少しだけ寂しそうに笑った。 それから、俺を見るのをやめ、視線をほうずきに戻し訊いてきた。 信じられないことを。 「だったら、次は誰の処に行くの?」 何を言ってる? 「3代目ってことはないだろうから、 アスマ? 紅? まさか、ガイってことはないよね?」 「…何を言ってる?」 こんな時でも焦りが表にでない自分が恨めしい。 こんな時に限って、震えもおさまり冷静に対応する自分が哀しい。 「お前は強さを求めるために、俺と一緒にいた。 そして、俺とお前は別れた。 今までどおり、一緒にはいられないよね。 だから、お前は新しい強い誰かを見つけ、そいつと一緒にいようとする、だろ?」 相変わらず、視線は向けられないまま。 それが、いっそう俺を冷静にさせた。 いや、考えることを放棄させた。 アンタは、もぅ見ない。 目に映るのは、ほおずきだけ。 「あぁ、そうだよ。 また強いやつを探すさ。 いらないって言われるまでそいつと一緒にいて、俺は強くなる。 いらないと言われたら、また新しく誰かを探す。 …それだけだ」 「そう」 もぅ一度アンタは呟いた。 哀しいような、ほっとしたような、そんな声だった。
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