Mittäter 4

あれから、退院するまでの数週間カカシは一度も来なかった。 毎日のように来るサクラとナルトは、カカシの話をしなかった。 ただ、退院する前日になって、漸くサクラが小さく呟いた。 「先生、辞めちゃったの。  暗部に戻っちゃった」 カカシが教師を辞めることはなんとなく予想がついた。 けれど、暗部に戻るとは思ってもみなかった。 俺は退院できたとはいえ、まだ任務に差し支えがあるから、と1週間の自宅療養を命じられた。 それを期に、カカシの家に行った。 暗部の任務なんていつ終わるか解らないから、会えない可能性のほうが高かったけれど、 それでも玄関でカカシを待った。 運のいいことに、2日目の夜にカカシが帰ってきた。 「…何してるの?」 暗部装束に身を包み、血を僅かに浴びたカカシが訊いてくる。 それを聞いて、自分が何しに来たのか解らないことに思い至った。 そのため、答えることが出来ず、ただ黙り込む。 カカシの目を見て、黙り込む。 「とりあえず、入ったら?」 カカシは溜息を吐き、中へと促した。 それからカカシはシャワーを浴びてくるからと、俺にコーヒーを差し出して浴室に向かった。 温かいコーヒーを口に含み、思いを巡らす。 俺は、どうしてここに来たのだろう。 「で、何しに来たの?」 唐突に背後から声をかけられる。 振り返ると、濡れた髪をガシガシと乱暴に拭くカカシがいた。 いつものマスクはしていない。 あの日見た素顔がそこにあった。 「そんな顔だったな」 手を伸ばし、触れようとしたら払われた。 「何しに来たの?」 「どうして、暗部に戻った?」 あれほど考えても思いつかなかった理由は、意外なことに今するりと口から出ていた。 カカシは、俺の目をじっと見つめ、黙り込んだ。 「どうして、暗部に戻った?」 もう一度訊く。 さっきと、立場が逆になる。 カカシは視線を逸らすことなかったけれど、答えてはくれない。 カカシは一度言わないと決めたら、どんなことをしても言わない。 だから、最後にもう一度聞いてみた。 「どうして、暗部に戻った?」 「無理だと解ったから」 溜息混じりに、でも、それでも視線は逸らされずに答えられた。 「何が?」 「お前を救えない、と解ったから」 静かに笑うカカシ。 「何だ、それ?」 「俺のエゴだよ。  お前は気にしなくていい。  今日は遅いから、泊まっていけ」 俺の手からカップを奪い、流しに向かおうとする。 まだ、話は終わってない。 勝手に終わらせようとするな。 「カカ…」 「大丈夫、何もしやしないよ。  ヤらないし、殴りもしない。  だから、安心して寝ろよ」 振り返りもせず、答えるカカシ。 「カカシ!  違うだろ。  それじゃ、解らない」 カカシはゆっくりと溜息を吐いた。 そして、振り返る。 「言っただろ?  お前は気にしなくていいって。  もう終わったんだ。  諦めたんだ。  だから、もういいんだよ」 どうして笑うんだ? 困ったように、泣きそうになんて笑うなよ。 俺には、本当に解らないんだ。 「カカシ、お前の中では終わったかもしれないけど、俺の中では終わってない。  始まってもいない。  お前だけ解って、終わっただなんんて、卑怯だ」 カカシが喉の奥でクッと笑った。 「卑怯?  卑怯でいいよ。  あんな想いを抱えて生きるくらいなら、卑怯と罵られたほうが、全然いいね」 「何だよ、それ」 「だから、お前は気にしなくていいんだよ。  ほら、傷に障る。寝な」 カカシはカップを洗い始めた。 もう俺を見てはくれない。 苛々する。 気持ちが、焦る。 何なんだよ、一体。 カカシの変化も気になったが、それよりも気になったのは自分の変化。 どうして、自分はこんなに焦燥感に駆られているのだろう。 昨日まで、いや、今日カカシと会うまで何も感じなかったはずなのに…。 そう思って、ふと以前カカシが言った言葉を思い出した。 『お前、ちゃんと痛み感じてる?』 痛み? 痛みなんて、ここ最近ずっと感じていない。 鈍く重い感覚なら、数えるほどは味わった気がするが、ちゃんとした痛みなんて感じていない。 カカシに殴られ、骨を折り入院したというのに、一度も痛みなんて感じなかった。 ホルスターからクナイを取る。 入院中暇で手入ればかりしていたから、刃は研ぎ澄まされていた。 これで切ったら痛い、はずだよな…。 一番出血し、痛みを感じそうな手首に刃を当てる。 動脈は危ないから、静脈を選んで刃を…。 「サスケっ!」 焦った声と共に、クナイを取り上げられる。 手首に何か当たった感じがして見てみると、少し切れて血が出ていた。 痛みは、ない。 「サスケ。お前、何してるんだ!?」 その声に、緩慢に首を上げる。 必至な顔のカカシ。 やはり、泣きそうに見えるその表情。 「…カシ」 「何?」 「カカシ、どうしよう。  俺、痛み感じない…」 カカシの表情に苦痛が広がる。 「サスケ…」 カカシは何も言わず、ただ抱きしめてくれた。 ワケも解らず、それに甘えた。 その胸で、泣いた。 そして、そのままカカシは俺を抱いた。 この前みたいに、酷く乱暴に扱うのではなく、 壊れものを扱うかのように、酷く優しく扱った。 それが、余計に涙を誘った。
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