← Back Next →Mittäter 2
目の前の壁には一匹のゴキブリ。 黒光りするソレは、気持ち悪かった。 あまりに気持ち悪くて、ソレから目を離せず固まっていると、 ダンッという音と共に、ソレにクナイが深々と突き刺さる。 「ギャッ」 思わず上げた悲鳴に、笑い声が重なる。 振り返れば、兄さんがいた。 「兄さん…」 「サスケ、ゴキブリ如きが怖いのか?」 言いながら、突き刺さっていたクナイを引き抜く。 ゴキブリがぽとりと床に落ちた。 「死んだの?」 「死んだ」 「痛かったのかな?」 床に落ちて動かなくなったゴキブリから、目が離せない。 「痛くなかったはずだ」 布でクナイを丹念に拭きながら、兄さんが答える。 「え?」 「蟲っていうのはな、死ぬって解った瞬間に痛覚を遮断する、って話だ。 だから、痛みなんて、知らないんだ」 「そうなんだ…」 動かなくなったゴキブリを少しだけ羨ましく思った。 痛みなんてなければ、早く兄さんみたいに強くなれる気がしたから。 カチャリ、と小さな音で、夢から意識が離れていく。 幸せだった頃の夢。 もっと、見たかったのか、 もぅ見たくないのか、それすらも解らない。 意識を音が聞こえた方に向けながら、 重たい瞼を開けると、カカシが部屋に入ってきたところだった。 「起きたんだ」 「あぁ」 ゆっくりと戻ってくる意識に集中すると、ここが自分の家でないことに気づく。 「ここは…」 「俺の家」 「何で?」 「何が?」 「医療班の処に行くんじゃなかったのかよ」 「行ったよ」 「それなら、何で俺はここにいる?」 カカシは小さく溜息を吐いた。 「お前ね、今何時だと思ってんの? 2時だよ、夜中の2時。 病院はとっくに閉まっちゃってるの。 そのまま放っておくわけにはいかないでしょ」 そう言われて見れば、この部屋は暗かった。 ぼんやりと窓から入ってくる月明かりだけが光源だった。 光差し込む窓を見れば、ゆらりゆらりと白いカーテンが揺れている。 「昨日は、あんな状態で放って行ったのに、何今更なこと言ってやがる」 事実を事実として伝えたまでだったが、カカシから表情が消えた。 「担当上忍だからだ」 キッパリと言い切られた言葉は、解るようでいて解らない。 「はぁ?」 「仕事中に起こったことだから、俺に責任がある」 なるほど、昨日はプライベートだったから、自分には責任がないってワケか。 アンタ以外のヤツが言ったら納得できないけど、アンタだったら納得できるんだから笑えるよな。 「そうかよ。 でも、安心しな。 アンタの責任じゃない。俺の責任だ。 だから、アンタには関係ない」 そう言って、布団から出ようとしたら、怪我をした右腕を捕まれた。 が、別段痛みは走らない。 やはり、大した怪我ではなかったのだろう。 「なんだよ、まだ何かあるのかよ」 振り払おうとしたら、殴られた。 抑制はされていたものの、かなりの力で頬を殴られた。 身体が吹っ飛び背中を壁に強く打ち付け、ゆっくりと床に沈む。 なのに、痛みは感じない。 手加減された? そう思うものの、突然咽喉に圧迫を感じ吐き出したのは、血だった。 ごふごふ、と吐き出すのは赤い血。 なのに、痛くない。 ポタリポタリと口からだらしなく落ちるモノを手で拭う。 目の前で見るとそれは、当然の如く、赤い。 血、だよな? 血が出るってことは、多かれ少なかれ痛みが伴うはず。 なのに、痛みはまったく感じない。 ただ、呆然と血で汚れた手を見る。 「お前、ちゃんと痛み感じてる?」 目の前がかげり仰ぎ見ると、カカシの悲痛な目とあった。 左の写輪眼が鈍く赤い光を放つ。 「ちゃんと、痛み感じてる?」 もぅ一度同じ言葉が発せられた。 けれど、言葉の内容なんか頭に入らなくて、 額宛もマスクも外しているカカシにようやく気づいて、見入った。 月明かりに薄暗く反射する銀髪、色の違う両眼、整った唇。 初めてみるカカシの素顔に、圧倒されて見入った。 「……んだ」 口の端が切れているのと、まだ襲って来る咽喉の圧迫感とで、声がちゃんとでない。 「何?」 カカシが答えを待つ。 それに答えようとして、一度大きく咳き込み咽喉に溜まっていた血を一気に吐き出す。 その後、数回咳き込むと、なんとか咽喉の圧迫感は消えた。 息を整え、カカシを見る。 「アンタ、そんな顔していたんだ」 その言葉に、カカシは大きく目を見開き、眉を辛そうに寄せ、 俺の面の皮一枚を掠って、壁を殴りつけた。 風圧とすぐ傍で聞こえたガンッというデカイ音で、耳が聞こえにくくなる。 横目で壁にめり込んだカカシの腕を捕らえる。 その手は、微かに震えていた。 痛いのなら、壁なんてもの殴らなければいいのに…。 口に出さなくても、そう思ったのを感じ取ったのか、カカシはまた俺を殴った。 座り込んだままだったから、今度は吹っ飛びはしなかったけれど、床に勢いよく倒れこむ。 いきなりのことで受身を取れなくて、 腕が変な方向に曲がった気がしたけれど、痛みを伴わないので気にしない。 ただ、体勢を整えにくい、と思っただけだった。 未だ込み上げてくる咽喉の圧迫感も、別段気にもならない。 ただ、鬱陶しく思うだけ。 何度か咳き込み、ゴボゴボと血を吐き出す。 何でこんなに血が流れているのに、痛みを伴わないのだろうか。 カカシが幻術でもかけて見せているからだろうか。 どうにもこうにも、痛みが伴わないというのが現実味を感じさせない。 いや、素顔をさらしたカカシこそが現実味を感じさせないのだろうか。 そう思った処で、笑えた。 カカシが自分を殴るという行為に関しては、自分は何処かで現実だと理解しているのだ。 『仲間を傷つけるやつは、クズだ』と抜かしたコイツが、 俺を殴ることに関したは、別段すんなりと現実だと認めている。 本気で、笑えた。 その後も、何度も殴られ、蹴られ、俺は意識を失った。 けれど、最期まで痛みは一切感じなかった。