「うわー、本当に来やがりましたね」

は?
何、言ってんの?
お前が呼んだんだろうが、このクソガキ。





終宵





「いや、呼びやしたけどね、来るとは思わなかったんでさァ。
 久しぶりだし、旦那が離さねェと思ってやした」

お前、本当に何それ?
だったら、連絡してくんじゃねぇよ。

「…帰るぞ、テメェ」

「まぁまぁ、折角来たんだしゆっくりしてったらどうですかィ?」

ゆっくりできるワケねぇだろ。
ここは職場だろうが。


「…何かあったんじゃねェのか?」

「あぁ、ありやしたよ」

声を潜めて、総悟が頷く。

「ヤバイ話なのか?」

「えぇ、どうしようかと思って土方さんに連絡したんでさァ」

珍しく見せる真剣な顔に、最悪な事態を考える。

解決したと思った事件には、実はまだ裏があって終わってないだとか、
近藤さんが上からまた無理難題を吹っかけられただとか、
って、思いつく最悪な事態がこの程度とは、最近平和になったもんだ。




「で、何があった?」

「実は――」

「実は?」

滅多に拝めない真剣な目を見つめ返せば、ふっと哀しげな顔でもって逸らされる。

「…残念なことに、土方さんの休みが延長されやした」

「は?」

それしか、言葉が出ない。
総悟は哀しげな顔のままに、首を横に振る。


「近藤さんが、言うんでさァ。
 土方さんを無理にでも休ませろって。
 そんなワケで、アンタ明日も休んでくだせェ。
 いいですねィ、アンタは。
 俺だって休みたいってのに、酷いでさァ」

…酷いでさァ、じゃねぇだろ。

お前なんて、
ひとりでクソ忙しい時に、連休取ってただろうが。

しかも、
近藤さんにも何も言わずに、机の上に休暇届だけ置いて。


「…用は、それだけか?」

言葉に怒りが混じるが、総悟は気にしない。
それどころか、
ケロっとした顔で、それが何か?、とまで訊いてきやがる。

「帰る」

今から急いで帰れば、金時の出勤にギリギリ間に合う。
それなら、いちいち店に行かなくてもいいだろう。






「まぁ、待ちなせェ。
 それが何か知ってやすか?」

「何が?」

振り返れば、
俺の顔――いや、耳を指差す総悟。
 
「それ、旦那から貰ったんですかィ?」

「…あぁ」

「それが何だか知ってやすか?」

「…ルビーだろ?」

本物かどうかは知らねぇけど。
と言ったところで、アイツが偽物なんて買わないだろうが。


「アンタ、誰かにダイヤのピアスでも貰ったんじゃないですかィ?」

にやりと笑う総悟に、思わず息を呑む。

「…っ何で」

何で解るんだよ。

ピアスしてるだけだろ?
それなのに、何でダイヤのピアスを貰ったとか解るんだよ。


「やっぱり。
 アンタは鈍いからねィ」

何、ひとりで解った顔してんだ。

「何だよ、鈍いって」

「本当に、アンタは世間知らずで困りまさァ」

だから、何なんだよ。





「それ」

ビシっと、また耳を指差される。

「それは確かに、ルビーですけどねィ。
 ピジョンブラッドって言うんですぜ」

ピジョンブラッド?

「あー、もう。
 何で、ここまで言って解らねェんですかィ」

アンタに、それを期待した俺がバカでした、
なんて言われても、解らないんだから仕方ねぇだろうが。

っていうか、何?
ピジョンブラッドっつーことは、鳩の血ってことか?

…何だよ、それ。

「ピジョンブラッドって言ったら、ダイヤより高かったりするんですぜ。
 しかも、ほいほいとその辺に売ってるワケじゃねェ。
 それを旦那が買ったってことは、
 アンタが誰かからダイヤのピアスを受け取ったってことだろィ?
 ま、ダイヤよりそっちのが、アンタに合ってやすがね」

苦笑して総悟が何か言ってるけど、よく聞こえなかった。
気分が一気に、降下する。





触れた耳に、硬い感触。
血の如く、深くも鮮明な色をした赤。

こんな色が、俺に似合うと思ったのか、アイツは。


そう言えば、
初めてアイツと会った時、俺は血に塗れてたっけ。


だから、アイツはこの色が似合うと思ったんだろうか。
血塗れがお似合いだと、言いたかったんだろうか。






06.06.18 Back   Next →