何で、こんなことになったのだろう。
無理やり穴を開けられた耳が痛い。





終宵





追っていた事件が解決した。
後は事後処理を片付けるだけ。

そう思ってたら、近藤さんに帰れと言われた。
疲れてるのは俺だけじゃないと言ったところで聞き入れてはもらえず、
結局ひとり先に帰宅を命じられる。

たかが1ヶ月の連勤生活だなんて、
たかが家に帰るのが2週間ぶりだなんて、大したことないのに。

ひとり先に帰ったところで、片がつくまでどうせ気になって仕方ない。
それなら、どれだけ疲れていようがまだ仕事をしたかった。

こんな中、帰ったところで眠れるワケもない。
もらった明日の休みも、気を病んで過ごすだけだろう。

12時も過ぎた夜だと言うのに、喧騒に溢れた街を通りながら家路を急ぐ。




突然聞こえてきた喧嘩の声。
視線を投げれば、見知った顔と目が合う。

相手は、にやりと不敵に笑った。
おかげで無視を決め込むことができなくなる。

溜息を吐き出しながら、騒ぎの中心に近づく。
見知った男――高杉と、その周りに転がった男が4人。

「…何してんだ」

聞かなくても解るけれど、一応聞いた。

「別に何もしてねェよ。
 勝手に、コイツらが転んでんだよ」

にやりと男が笑いながら転がった男たちに同意を求めれば、
怯えたようにがくがくと首を振って同意を示す。

どこをどう見てもそう見えないが、
疲れてるし面倒くさいし深く聞かないことにした。




「あ、そう。
 じゃあ、早いトコお前ら帰れよ」

疲れてるんだ。
事件の事後処理は気になるが、
コイツらのことを考えるくらいならすべて放棄してさっさと家に帰りたい。

じゃあな、と背を向けたところで掴まれる腕。


「…何してんだ?」

「お礼をしようかと思って」

心底楽しそうに高杉が笑う。

「俺は何もしてねェ。離せ」

「助けてくれただろ?」

だから俺は何もしてねェ、と言ったところで聞き入れてくれず、
ずるずると引きずられ、辿りついたのは何やら高級そうな宝飾店。


疑問はいろいろあるが、
何でこんな時間に開いてんだよ、と呟けば、
この街がどういう街か考えろ、とバカにするように笑われた。

それでも意味が解らず視線で問えば、
貢ぐバカがいるからだろ、と高杉は笑い店の中に引きずり込む。

あぁそうか、相手はホステスかホストかってところか。
同居人も昔ほどじゃないが、今でも断りきれなかったとそういったモノを貰ってくる。
けれど、その後の行方は知らない。

いつか訊いた時、オメェ嫌いだろ?、と笑った。
今でもそれが何を示すかよく解っていない。

あの男と同じ職業の高杉も貢がれてるんだろうかと見れば、何やら店員と話をしている。
職業が職業のため見た目もよく話もうまい高杉を相手に、
店員は頬を染め奥へと引っ込んでいった。

貢がれる対象であるはずの高杉が、
何故貢ぐ品を置く店に用があるのだろう。



「お前、何でここに連れてこられたか解ってねェだろ?」

本当のことだったから頷いたら、
そこがいいんだけどな、とワケの解らないことを言ってまた笑われる。

「なぁ、お前穴開いてる?」

「穴?」

「耳…って、開いてねェな」

耳にかかった髪を払いのけ、高杉がひとり納得し戻ってきた店員に何か言いつける。
店員は、また奥へと消える。

「何だ?」

訊いても高杉は答えてくれず、にやにや笑うだけ。





「こちらにどうぞ」

再び戻ってきた店員が、奥へと案内する。
腕を掴まれたままでは帰るに帰れず、結局ずるずると高杉に引きずられる。

連れてこられた部屋は、小さいながら高級そうな大きめな鏡とソファが置かれていた。

「何だ?」

「ちょっと座って鏡見ろよ」

何か顔についているのだろうか、と大人しく座って鏡を見てもとくに変ったところはない。

「おい、一体…っ」

何なんだ?、と続けようと振り向こうとしたら、
顎をつかまれ正面を向かされた挙句、バチリバチリと二度大きな音と痛みが耳から伝わってきた。

「…何しやがんだ、テメェ」

いきなりのことに今度こそ振り向けば、
にやにやと笑いながら店員から受け取ったらしいラッピングされた箱を無残にも破って開けている。



「言っただろ、お礼してやるって」

前を向け、とまた正面に向かされ、
まだ痛む耳から異物を取り外し、更なる異物を入れてくる。

「何だコレは」

「見て解んねェのかよ。
 ピアスって言うんだ」

しかもお揃いだ、と自分の長めの黒髪をかき上げて鏡越しに見せ付けてくる。

言われてみれば、同じデザイン。
シンプルなダイヤと思しき石が嵌っている。



…ダイヤ?

まさか何もしてないのにダイヤを寄越すヤツがいるか、
と思うものの、お揃いと言うからには高杉がつけているのは本物なワケで。

…やっぱ本物なのか?




「ちょっと、待て。
 こんなの貰えるワケねェだろ。
 つーか、何勝手に穴開けてんだテメェ」

「何、お前返す気か?」

当たり前だ、こんなモノ貰えるワケがねェ。
頷くと、バカにしたように笑われる。

「俺は言ったよな。お揃いだって」

あぁ、聞いた。
だから、本物だろうと解ったんだろうが。

もう一度頷けば、同じくもう一度バカにしたように笑われた。


「お揃いっつーことは、俺も持ってるってことだ。
 それなのにいくつもいるワケねェだろうが」

そんなこと言われても、俺だっていらねェ。

「返せばいいだろ?」

「もう使ったのに?」

バーカ、と高杉が笑う。


「お前が俺に返しても、俺はそれを捨てるだけだぜ」

それでも、お前返すの?
にやにやと高杉が聞いてくる。

そんなこと言われたら、受け取るしかないだろうが。
モノには罪がないんだ。

捨てるなんて、できるか。

でも素直に頷くことなどできなくて黙り込めば、
だからやるって言ったろ、と楽しそうにまた笑いやがった。

貰ったモノをくれた人間を目の前に外すことなどできず、結局黙ってそれを受け取ってしまった。




そうして今、両耳には小さいとは言え、
違和感を告げてくるダイヤのピアスが無駄に存在感を告げてくる。





05.09.25 Back   Next →