煙幕が晴れる。 予想に違わず、目の前に驚いた顔の男がいた。 会いたいと思い、 会いたくないと思った、10年前の男。 Oath. 男は少し笑って、じっと僕を見た。 状況を理解しているのか少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと身体を倒してきた。 その僅かな間に、ぼんやりと昔を思い出す。 10年前、僕は男に触れさせなかった。 意味は特になかったように思う。 ただ人との接触が嫌だという理由、それだけだった。 何度も、触れていい?、と訊く男に、 嫌だ、と拒絶を示せばがっかりしながらも従っていた。 そんな男が言葉もなく、顔を近づけてきている。 それが、不思議だった。 唇と唇が触れる寸前、 何を思ったのか、男は唇から額へとキスを落とす場所を変えた。 「やっぱ、最初は俺の知ってるヒバリがいいもんな」 そう言って、照れたように笑う。 その表情が、酷く懐かしかった。 「この前見た時、痕つけてただろ? 誰が相手か、ずっと気になってた。 俺が…って、今のヒバリからしたら10年前の俺か…、 まぁ、その俺はずっとヒバリが嫌だと思っても離れないと勝手に誓ってるんだけど、 自分がそれを反故にするとは思えなくてよ、確かめにきた」 言葉を切り、また笑う。 この状況を知り、安堵したとでも言うのか、 男は、よかった、と笑った。 それからまた、じっと僕を見つめて、同じ言葉を繰り返した。 安堵したのか、 全身の力を抜いて僕に倒れ込んでくる。 知っている重みより、僅かに軽いと解ることが、 悔しいのか哀しいのか、僕を僅かに苛立たせる。 「…てるの?」 何かを考えたワケじゃない。 思考は停止したまま。 ただ、勝手に言葉を紡いでいた。 「え?」 「君がつけたと思ってるの?」 感情を隠しもせず表に出す男が、僕を苛立たせる。 「ヒバリ?」 不安そうに男が問うのを答えることなく、黙って見つめていた。 「ヒバリ」 何度も何度も、男が僕を呼ぶ。 不安は深まるばかりなのか、それは回を追うごとに悲痛な響きが増す。 先ほどまでいた男と重なる。 あの男も、悲痛に僕の名を呼んだ。 それが、僕を苦しめる。 耐え切れなくて、目を逸らす。 視界と一緒に思考も簡単に切り替えられればいいのに。 けれどそんなことができないどころか、 思考さえもままならず、勝手に言葉をまた紡いでいた。 「嘘吐き」 自分の声なのに、聞いたこともないほどに情けなかった。 震えた声。 そんな声を僕が出したの? 本当に? 「ヒバリ」 気遣うような男の声。 同時に、強く抱きしめてくる腕。 逸らした視線を戻して、男を見たかった。 馬鹿みたいに泣きたかった。 そんな愚か過ぎることを考えた瞬間、再び立ち上がる煙幕。 我に返る。 現実を思い出す。 自分を思い出す。 「10年後の俺は知らないけどな、今の俺の誓いは本物だからなっ」 男が叫ぶ。 必死に叫ぶ。 心臓が痛みを告げる。 男をちゃんと見たかった。 あの頃の男を、今、見たかった。 けれど、視線を縫いとめる。 拳を握り締め、何でもないような顔で耐える。 何に対してだか解らないけど、それは最後の意地だった。 再び立ち込める煙幕。 それから――、現れる男。 10年前に戻って、現在に戻ってきた男。 ただいま、と男は笑った。 ふっきれたような笑みだった。 昔よく見ていた、感情を丸出しにした笑みだった。
07.01.12 ← Back Next(Side.Y) →