目の前に、ヒバリがいた。 じっと黒い目で俺を見るその表情からは、感情が読み取れなかった。 Oath. 「…何で」 もう一度、呟いた。 「忘れてたんだよ」 ヒバリは、何でもないことのように答える。 そんなにあっさりとしたモノなのか? 俺が馬鹿みたいに悩んだことも、ヒバリにとってはどうでもいいことなのか? 「忘れてたって…」 「忘れてたんだよ。 だから、今度こそ本当に鍵を返してよ。 データも消すから」 そう言って、壁にかけられていた装置に手を伸ばした。 登録を解除しました、と電子音が無機質に伝えた。 振り返り、帰って、とそれだけ言って、ヒバリは奥の部屋に消えた。 何もかもが、解らなくなった。 誓いは? 話し合いは? 諦めたくないと思った気持ちは? それらは感情としては掠れ、 ただのするべきだと思った事としてだけ頭の中をぐるぐると廻る。 「…馬鹿みてぇ」 呟いて、笑った。 そのまま帰ればいいのに、足は何故かヒバリを追う。 「…鍵を置いて帰って、って言ったんだけど」 振り向いて見上げてくる目に、怒りはない。 ただ、言葉を告げるだけ。 それってどうなんだよ、ヒバリ。 腕を掴んで押し倒す。 事も無げに押し倒せたことを意外に思うより先に、笑ってやる。 「一緒にいても詰まらねぇってよ」 見上げてくる目に、もう一度笑った。 「小僧が言ってたよ」 「だから?」 ヒバリは、表情を変えなかった。 挑発するでもなく、ただそれだけを返す。 「っ何で」 漏れ出た言葉は、情けないほどに悲痛なモノだった。 驚いた顔でも、 傷ついた顔でも、 何でもいいからして欲しかった。 俺を捨てて小僧を選んで、その結果がこれって何なんだよ。 「…お前が、解らねぇ」 ぐっとシャツを掴み上げてもヒバリの表情は変わらず、 自分勝手にもそんな顔など見ていられなくて床に叩きつけるように離せば、 酷い音を立ててヒバリは頭を打った。 それでも呻き声ひとつ上げず、 怒りを表すでもなくただ無表情で見上げてくる。 「…ヒバリ」 呟いた声が、虚しく部屋に響いた。 お前が解らない。 俺もどうしていいか、解らない。 俯き項垂れれば、視界が歪み煙が立ち込める。 霞む視界の先、ヒバリと目が合った。 それでもその目には、何の感情も浮かんでいなかった。
07.01.04 ← Back Next(Side.H) →