開かない鍵を持っている。 解っているのに、ずっと手放せないでいる。 Oath. 仕事柄、セキュリティーはかなりのモノ。 それでもうまく入り込んだエントランスの先、行く手を阻むのはこの扉。 正攻法しか残されてない今、何度も何度も呼び鈴を押す。 それでも反応のない扉に向かって名を呼び、叩き続けた。 けれど、いくら待っても反応はない。 いるのは解っているのに。 ヒバリは、出てきてはくれない。 「…ヒバリ、開けてくれ」 情けない声で一際大きく喚いて、 ダンと想いすべてを込めて叩いても扉は開いてくれない。 帰る気なんてない。 それでも、反応のない事実に打ちのめされてずるずるとその場に座りこんだ。 最後に来たのっていつだっけ? よく、思い出せない。 思い出すのは、最後にこの家で見たヒバリ。 俯いて表情は見えない中、ただ傷ついているということだけが解った。 それが、どうしようもないくらいキツかった。 痛みを、苦しみを、ヒバリは表に出さない。 そんなことをするのは、死んでも嫌だという人間だ。 そのヒバリが、他人に痛みを見せた。 けれど、俺は何もできなかった。 かける言葉も失って馬鹿みたいに立ち尽くし、そんなヒバリを見ていた。 覚えているのはそれと、その後に言ったヒバリの言葉。 鍵を置いていって、 指紋照合のためのデータも消しておくから二度と来ないで、 と押し殺した声で言ったヒバリ。 他には何も、覚えていない。 その原因となったことなんて何ひとつ覚えていない。 ポケットの中に手を突っ込んだ。 触れる硬い感触。 置いていけと言われたくせに、置いていけなかった鍵。 これを使ったところで開かないと解っているのに、ずっと捨てられなかった。 万が一、使えたとしても、 変更されてるだろう暗証番号や、 指紋データを消されていることを考えれば、 入れないと解っているのに、捨てることができなかった。 希望を言っていたワケではなく、誓いを立てた。 そう思って、ここまで来たくせに挫けそうになる。 希望というヤツに、縋りたくなる。 手を伸ばす。 解っているのに、それを拒否するように手が動く。 小さな電子音が鳴った。 警報じゃなく、解除の音。 手が、震える。 足も、震える。 それでも立ち上がり、手を伸ばす。 機械が、指紋を読み取る。 音が鳴った。 警報ではなく、解除を知らせる音が。 何で、と呟いた声が、やたらに響いて聴こえた。
06.12.21 ← Back Next(Side.H) →