「アメ玉やるから、な?」

夜に呼び出して、ランボに頼んだ。





Egoist.





「ランボさん、そんなに子どもじゃないもんね。 
 アメ玉くらいで、動かないもんね」

ちらりちらりと差し出したアメ玉を気にしながらも、そんなことを言う。

「だったら、ブドウもつけてやるから。
 な、いいだろ?」

とっておきのヤツなんだ、と言って目の前にチラつかせば、
まだなんだかんだと言いながらも、バズーカを出してくれた。


所詮は、まだ7歳の子ども。
けれどその子どもが持つそれが、どうしようもなく必要だった。











立ち上る煙幕。
晴れ行くそれに、願いをかけた。

どうか、誰かいますように。

ヒバリがいて欲しいと思うものの、
そんな偶然は極低いと解っているから、
せめて10年後の現状を訊ける誰かがいることを祈った。









目の前に、ヒバリがいた。

あの時見たヒバリ。
10年後のヒバリ。

一生分の運を使い果たしたんじゃないか、と思うほどの偶然。
それでも、ヒバリに会えたならもうこの先の運などいらないとまで思う始末。

勝手に立てた誓いは、生半可なモノじゃない。



そんな想いに少し笑えば、状況がやっと見えてきた。

ヒバリが目の前にいるんじゃない。
俺が、押し倒しているんだ。

それもご丁寧に脱がしかけなのか、ヒバリのシャツは乱れていた。
ヒバリは突然現れた10年前の俺に驚くことなく、じっと俺を黒い目に映していた。







その目は、何を思うのか。
知りたかったくせに、今はこの据え膳をどうするべきか。

身体が動く。
キスをしたかった。

俺の知るヒバリは、触れさせてくれない。

せめて、と思って顔を近づけても、
ヒバリは目を閉じず、ずっと見つめてくる。



その目に、負けた。

でも完全に負けることはできなくて、
閉じられることのない目を通り過ぎ額にキスをした。

小さな、足掻きだった。














「やっぱ、最初は俺の知ってるヒバリがいいもんな」

強がりもあったが、大半は本音。
それでも、ヒバリは何も言わない。

ただ、じっと俺をみている。

「この前見た時、痕つけてただろ?
 誰が相手か、ずっと気になってた。
 俺が…って、今のヒバリからしたら10年前の俺か…、
 まぁ、その俺はずっとヒバリが嫌だと思っても離れないと勝手に誓ってるんだけど、
 自分がそれを反故にするとは思えなくてよ、確かめにきた」

それで運よくヒバリがいて、それも俺が押し倒している状況。

これは、アレだろ。
俺が、誓いを破ってないってことだろ?

「よかった」

言いながらも、消せぬ不安は胸のうちに燻っている。





いや、不安なんてもんじゃない。
あの時の相手は、俺じゃない。

10年後のヒバリも、
10年後から戻ってきたヒバリも、嘘吐き、と言った。


でもこの状況で目の前にいたのは、俺だろ?

なぁ、あれが嘘だと言ってくれ。
そう信じさせてくれ。

ここがベッドの上でなく、リビングの床の上なのは気づかないふりをするから、
だから、ずっと10年後も傍にいるのは俺だと、思い込ませてくれ。









「…よかった」

もう一度、呟いた。
そう思い込むように、息と一緒に不安を吐き出しながら。

搾り出すように呟いて、身体を支える力も抜けてヒバリの上に倒れ込んだ。
ヒバリは黙ってそのまま動かなかったけれど、暫くして声を出した。

「…てるの?」

「え?」

掠れた声はうまく聞き取れず、顔を上げて覗き込む。

「君がつけたと思ってるの?」

黒い目が、じっと見つめてくる。

感情を押し殺したその目。
それが余計に、言っていることが真実だと伝えてくる。

「ヒバリ?」

呼んでも、ヒバリは何も答えない。
ただ、じっと見つめ返すだけ。




「ヒバリ」

何度目かの呼びかけに、ヒバリは初めて視線を逸らした。
それから、もう一度口を開いた。

予感なんてもんじゃなく、確信した。
言われる言葉は――

「嘘吐き」

確信は、外れることなく当たった。
でもだからって、それがどうした。

傷つくことに変わりはない。

それも、悲痛な声で言われたのならば尚更。
まだあの時みたいに、断罪されるように言われた方がマシだ。

「…ヒバリ」

かける言葉なんて何も思い浮かばない。
それでも、今の俺が立てた誓いは絶対なのだとそれを知って欲しくて抱きしめた。

けれどそれは一瞬で、再び立ち上がる煙幕。






時間切れだ。

最後の足掻きだとばかりに、叫んだ。
力いっぱい、馬鹿みたいに叫んだ。

「10年後の俺は知らないけどな、今の俺の誓いは本物だからなっ」

聴こえたのか聴こえなかったのか、
煙幕に霞む中ヒバリは一瞥もくれず、ずっと視線を逸らしたままだった。


10年後の自分が、憎かった。
誓いを破ったことより何より、ヒバリにあんな顔をさせる自分を殺したかった。
















「お前、最低だもんねっ」

どうしようもない怒りを抱えたまま戻ってくれば、泣き腫らした目でランボが睨み上げてきた。
それどころか、やったアメ玉までも投げつけてきた挙句に走り去った。

それでも、ブドウだけはちゃっかり持って帰ったのは流石というべきか。


…何なんだよ。
おい、10年後の俺は何してんだよ。


脱力して座り込みながらも、
消えることのないどうしようもない殺意を散らすように、床に拳を叩きつけた。






06.12.16 Back   Next(Side.L) →