別にアメ玉に釣られたワケでも、ブドウに釣られたワケでもない。 ちょっとそれもあるけど、 本当は、山本があんな顔をするからだ。 笑いながらも、目が真剣だった。 だから、だ。 Egoist. 煙幕と共に現れたのは、 先ほどいた山本よりも断然、男、を感じさせる男。 手触りのよさそうなシャツなのに、くたっとしてるのがワケもなくらしいと思った。 現状を理解するためか、鋭い目で睨む視界に捕らわれる。 本気で、洩らしそうになった。 けれど、早急に現状を悟ったのか山本は笑った。 いつもなら安心をもたらしてくれるそれは、今回ばかりは違った。 不安よりも、何故か哀しさが先立った。 「…っく、…ひっく…」 思わず泣き出しそうになる俺を、山本が抱き上げる。 抱き上げてくる手は、知っている山本と変わらず温かかった。 けれど、よしよしと撫ぜてくる指が硬かった。 野球だとか剣道だとか、 そういった健康的なモノでなる硬さではなく、もっとよく知った硬さ。 伊達に、マフィアで育ったワケじゃない。 これは、銃によって出来るモノ。 解っていたことだった。 リボーンが目をつけて、10代目となる男の傍にいる山本。 その10年後に山本がどんな道に進むかなんて、解りきったことのはずだった。 それでも、優しく太陽みたいに笑うこの男だけは違って欲しいと思っていた。 「もう、泣くなよ」 な、と笑う山本。 それでも、気持ちは晴れない。 「…でだ?」 「ん?」 「何で、そんな顔で笑うんだ?」 訊いたところで山本は解らないのか、不思議そうな顔をする。 「疲れたような笑い方」 指摘すれば、苦笑する。 「…大人になったからな」 「何だ、それ。 俺が知ってる大人は、そんな笑い方しないもんね」 育った環境が普通と違うと知っている。 それでも、ボスもその部下もみんな笑う時はちゃんと笑っていた。 それが仮初のモノだとしても、こんなふうにはみんな笑っていなかった。 「…いろいろ、あるんだよ」 答えはくれず、ポンと頭を叩かれた。 「なぁ、この時の俺ってどんなだった?」 唐突に訊かれた言葉の意味が解らない。 「いや、いいわ。 訊いたからって、今更どうにかなるもんでもねぇしな」 一人ごちるように呟いて、沈黙ののちにまた山本が訊いてきた。 「ヒバリ、今どうしてる?」 訊かれた意味が解らなかった。 過去を訊いてどうするのか。 知らなかった過去なら兎も角、共有した過去だ。 どう答えていいのか解らなくって、ただ山本を見返した。 「悪ィ。 今の話、ナシな」 そう言って、また笑う。 似合いもしない、疲れたような笑みで。 それをかき消すかのように、煙幕が立ち上る。 じゃあな、と声がした。 その声さえも疲れ切っていて、堪らなくなって叫んだ。 「絶対に離れない、って誓ってるって、言ってたもんね。 あの怖い人は、…逃げてるもんねっ」 何をどう思って、あの怖い人が逃げてると叫んだのかよく解らなかった。 それでも、口が勝手にそう叫んでいた。 山本は、そうか、と笑って消えた。 あの疲れた笑みだったのか、 それとも見知った晴れやかな笑みだったのか解らなかった。 変わりに戻ってきた山本は、静かに怒っている空気を纏わせていた。 触れたら切れそうな、そんな鋭さ。 でもそんなこと、関係なかった。 「お前、最低だもんねっ」 言うべき相手は、今の山本じゃない。 それでも、言えたのは今の山本だからだった。 10年後の山本は、手遅れに思えた。 何を言っても無駄だと、思えた。 それなら、今にかけるしかないじゃないか。 握り締めたままだったアメ玉を、山本に投げつけ部屋を飛び出た。 どんな顔で、それを身体で受けたのか知れない。 走り出しながら、 これだけは、と投げつけなかったブドウを口に含めば、すっぱかった。 とっておきだと言ったくせに、嘘吐き。 あまりにもすっぱくて、 口に含むたびにワンワン泣いて、暗くなった夜道を走り抜けた。
06.12.16 ← Back