何処にも行かないでくれ、という呪詛も、
愛してる、という言葉の凶器も、
降り積もり、僕を苛むくせに、一向に心臓は止まる気配を見せない。












   さ あ 目 を 閉 じ て 

          
               ト リ ガ ー を 引 け 











再会して以来、ずっと男の部屋にいる。
男は飽きもせず毎日僕を抱くから、
禄に動き回る体力もなく、大人しく部屋にいる。

まるで、飼われてるみたいだ。









「眠いなら、ベッドに行くか?」

食事をした後、ぼんやりしていた僕に男が訊いた。
それに、首を横に振って答える。

「じゃ、ソファに行く?」

妥協案を出した男に、今度は縦に首を振った。

抱き上げられて、ソファに座らされる。
その上から、ブランケットをかけられた。

どこまで、僕を丁重に扱えば気がすむのだろう。
ぼんやりとしたまま見上げれば、額にキスを落として男が笑った。

「シャワー浴びてくるけど、眠たかったら寝てていいから」

それだけ言って、男はリビングを出て行った。















眠さのせいで、思考は散漫。
ふらふらと視界を彷徨わせれば、テーブルの上に見つけた黒い物体。

思考が、ゆっくりと動き出す。












銃だった。
手を伸ばし、触れる。

冷たい感触。


使い方なんて、詳しくは知らない。
でも、なんとなくは解る。

セーフティを外して、トリガーを引くだけ。




持ち上げる。
セーフティを外す。

こめかみに、突きつける。

一瞬、心臓にしようかと思ったけれど、
万が一助かってしまうのは嫌だからこめかみにした。
思考する脳が死ねばいいと思ったから。



覚悟を決めるまでもなく、
最後の呼吸をゆっくりとして目を閉じ、トリガーを引いた。



けれど、カチリと小さな音がしただけ。
続けざまに、何度トリガーを引いても衝撃は一向に来ない。
















「弾、入ってねぇよ」

振り返れば、男がドアにもたれて僕を見ていた。

「入ってたら、
 そんな危険なモノ、置いておくワケねぇだろ」

近づいて、僕の手から銃を取り上げる。

「点検のために、置いてたんだよ。
 これは、使えない」

至近距離で、僕を覗き込むように男が見た。
シャワーを浴びに行くと言ったくせに、男の服装は先ほどと変わらない。



「…僕を、試したの?」

態と目に付く場所に、こんなモノを置いて。

「死にたい?」

「…試したんだね」

質問に答えないってことは、そうなんだろう。

「…気づいてたか?
 ヒバリを連れてきてから、
 この家にはカッターも鋏も包丁さえも、鍵つきの場所に閉まってあるってこと」

男は、唐突に言った。




言われてみれば、そうだったのかもしれない。
目に付くところで、見た覚えはない。

それは、男が僕の自殺を危惧したが故にだろう。

けれど、決定的な刃物を隠したとしても、
ガラスだって食器だって割ればそれは凶器になりうる。

それだけじゃ、意味がないのではないだろうか、
と、考えてやっと男の言葉の意味を理解する。





「試したんだね」

もはや疑問ではなく、断定だった。

それこそ、僕の反応を本当に試したのだろう。
態々、銃弾の入ってない銃を置いて。

「明日から、俺がいない時は部下入れるから」

だから、もう無駄だと言うのか、この男は。




「何処にも行くなよ」

頷くことも否定することもない僕を、男は抱きしめる。
肩に首を埋められるようにされるから、縋り付かれているようにさえ思う。

何も答えない僕に、男は同じ言葉を繰り返す。



うんざりするほどに聞かされる呪詛は、もう本当に聞き飽きた。
















「…ねぇ、欲しいものがあるんだ」

目を閉じ言った。
首筋に揺れる男の髪を感じた。

「…何?」

僕の言葉に興味を覚えたようだけれど、
まだ抱きしめてくる腕から力は抜かれない。

けれど、そんなことはどうでもいい。

「銃弾」

ぎゅっと更に力が込められる。
息が、詰まるほどに強く。




「アイツの処に行きたいのかよ」

問いかけてくるというより、
独白じみたそれは酷く苦しそうな声だった。

聞いてる僕までもが、苦しくなるような。

「行かせない。
 もうヒバリは離さない」
 
何処か狂気染みた声を聞きながら、
手を伸ばしテーブルに再び置かれている銃を取った。


目を閉じ、もう一度こめかみに突きつける。
銃弾が入ってないと解っているけれど、何かが変わるかもしれないと思って。








トリガーを、引く。







目を開けて、
解っていたくせに、
何も変わらぬ世界に、絶望した。






08.09.29〜30 『さあ目を閉じてトリガーを引け』 欺瞞五題:リライト様提供 Back   Next →