5年ぶりの再会。 なのに、 ヒバリが俺に視線を向けたのは一瞬で、 その後はずっと、俺の足元に転がっている血まみれの死体を見ている。 う た う 容 疑 者 「…どうして」 呆然と呟かれた言葉は、イタリア語。 咄嗟に日本語ではなくそれが出るなんて、どれだけこの男と同じ時を過ごしたのだろうか。 床に転がっている男はイタリア系アメリカ人で、 アメリカ在住のくせに、プライベートでは英語ではなくイタリア語を使ってたと言う。 日本にいると思ってた。 だから、見逃し続けたのかもしれない。 まさか日本を離れているなんて思ってなかった。 日本ばかりに重点を置いて探していた。 「どうして? 俺も同じ言葉を言っていい? どうして5年前、俺の前から消えた?」 静かに問う。 怒りを抑えて、笑みさえ浮かべながら。 待っていたのに。 探したのに。 探し続けていたのに。 「…君には関係ないよ」 日本語で問えば、日本語で返してくれたことにワケも解らず安堵した。 けれど、内容は納得できるモノではない。 「ずっと、探してた」 「…頼んでないよ」 「だろうな」 頼むくらいなら、黙って姿なんて消さない。 「なぁ、愛してた?」 これ、と言いながら、 転がったままの死体を蹴った。 見るも無残な惨殺死体。 身体中、刀傷ばかり。 凶器は、まだ握ったままの日本刀。 極限まで恐怖を煽って、最後は心臓を僅かに外して深く突き刺した。 苦しんで、苦しんで、死ねばいい。 そんな死に様こそが、似つかわしい。 だって、許せない。 許せるはずもない。 どうして、こんな男を。 どうして、こんな男なんかを。 「なぁ、ヒバリ。 愛してた?」 もう一度、訊いた。 ヒバリは、それでも答えない。 苛立ちのままに、 既に事切れている死体に深々と刀を突き刺す。 肉を裂く感触は、すぐに慣れた。 昔、小僧が言ったように、 犯罪も、殺人すらも、怖いなんて思っていない。 普段は、 何の感情を持たずどころか、 歌うように笑うように、簡単にやってのけられる。 今は、静かな怒りに満ちているけれど。 ヒバリは、ただ呆然と刀の突き刺さった男を見ている。 そこに怯えも嫌悪も哀しみもないことに、少しだけ安心する。 愛してたなら、そんな態度を取るはずはないから。 ただ、そう思いたいだけかもしれないけれど。 突き刺した刀を抜き、流れる赤を振り払ってヒバリに近づく。 5年ぶりに見るヒバリ。 昔の面影を残しながらも、何処か違う。 それでも、キレイなことは変わりない存在。 抱きしめて、 温もりを感じて、漸く本当に安堵する。 今、俺の腕の中にヒバリがいる。 「もう、何処にも行くなよ」 行かないでくれ、と、 懇願にも似た思いで、きつく抱きしめる。 ヒバリはまだ呆然としたままなのか、身じろぐこともなく腕の中に納まっている。 怒りはもうない。 その対象は、もうすでにいないから。 今、 胸のうちにあるのは、ヒバリを失う恐怖だけ。 ヒバリの存在を知ったのは、偶然。 表向きは裏と関わりのないような潔癖なホテル王。 けれど、裏ではあくどい武器商人と繋がりを持った男。 そんな人物が、次回の取引相手だった。 身辺調査を相棒に任せっきりで、 禄にその報告も聞かない俺は、 偶然、街中で見つけて相棒が教えてくれるまで、その顔さえ知らなかった。 そんなだから、その隣に立つヒバリの存在に驚愕した。 相棒は、ホテル王の愛人だと言った。 信じられなかった。 信じたくもなかった。 けれど、 現実は優しくなく、事実だった。 それでも、 捜し求めていたヒバリを見つけことも事実。 だから、もう離さないと決めた。 残されえた取引までの数日間に、必死になって情報を集めた。 結果、有難いことに、 ホテル王は、武器商人に黙って武器を横流ししていた。 その証拠を武器商人側に突きつけ、同時に、今後の取引でいくつかの譲歩をあげれば、 ホテル王を切り捨てることをあっさりと決めてくれ、更に俺に処分を譲ってくれた。 そうまでしても、まだ現実を認めたくなかったけれど、 今こうして、ヒバリはこの男が待っていたホテルに現れて、俺に捕まっている。 見たくもないから顔を上げないけれど、 きっと顔を上げれば、未だにヒバリは死体となった男を見ているのだろう。 また、愛してた、と訊きそうになり、言葉を飲み込む。 その代わりに、存在を確認するように強く強く抱きしめれば、 刀が何かに当たり、小さな音を立てた。 その何かを確かめるために手を伸ばせば、 触れた腕の先に知らない感覚の腕時計の存在を知る。 俺があげたモノとは違い、ゴツゴツとした感触。 知りたくなかった現実を、また突きつけられる。 ほんの2週間程度だったけれど、付けてくれていたのに。 もう、アレは捨ててしまったのだろうか。 けれど、 そんなことよりも、今は、この腕の中にいるヒバリだけが俺の現実だった。 それ以外は、何も望まなかった。 未だ立ち尽くしたままのヒバリに、 何度目かも解らぬほどに、何処にも行かないでくれ、と乞うように告げた。
08.09.26 『うたう容疑者』 欺瞞五題:リライト様提供 ← Back Next →