またな、と最後に笑った男の顔を思い出せない。
ただ、その声だけを、5年も経った今でも覚えている。













     君 が く っ て 知 っ て た よ 













入学すると伝えていた高校にも行かなければ、
黙っていた本当に入学する予定だった隣県の高校にも行かず、アメリカに留学した。

強欲の見栄のためもあったし、
あの家に居たくなかったからもあれば、
何もかもから、逃げ出したくなったのかもしれない。





そこで出会ったのは、ホテル王。

強欲より少し若く、紳士で理知的で、
気が付けば、周りから愛人だと思われるほどに近づいていた。

嘘ではない。
けれど、少しだけ本当とは違う。


身体の関係はあったけれど、
彼は僕のことを只管に可愛がり、僕は彼に憧憬を抱いた。



それが、そもそもの間違い。

代わりなんて、なれやしないのに。
だって、そもそも代わりとなる対象さえいない。

でも、何処かで欲していた。
それは、父親と言う存在。








父親と寝るのか、と、
言われれば困るけれど、あの人の手は温かかった。

差し伸ばされた手を拒めるほどに、僕は大人ではなかった。



だって、覚えている。
気まぐれに優しさを見せた強欲を。

どんなに強欲を嫌悪していても、
あの優しさのすべてを忘れられず、何処かで求めていた。

それを、彼はくれた。


最初は、
頻繁に会うと言うワケではなく、
気まぐれに近い回数だったけれど、
それでも、強欲とは比べられないほど。

僕は、彼が好きだった。
愛していた。

父親の代わりとして。


だって、
温かい手も、只管にくれる愛情も、
勝手に理想としていた父親像そのものだったから。






そんな想いに彼は気づいていたけれど、
変わらず僕に笑いかけてくれて、優しさをくれた。


だから、
仕事で数日イタリアに行くことになったと言われても、一緒に行こうと決めた。

傍にいたかったから。
離れるなんて無理だと思ったから。





イタリアと聞いて、
中学時代にマフィアだと言っていた知人たちのことを思い出したけれど、
彼がホテル王だけではなく、最近、裏の世界に手を出してきていると知っていたけれど、
それでも、あの頃の誰かに会う偶然の確率なんて低いだろう。

だから、大丈夫。
誰にも会うことはない。

あの男にも、会わない。


見飽きるほどに見ていた笑顔さえも忘れてしまったけれど、
最後に、またな、と言った声だけは覚えているけれど、
きっとあの男は大好きだった野球に励んでいるだろうから、
あの頃の他の誰かに会ったとしても、絶対にあの男だけには会わない。



会ってしまったら、
あの男は多分泣くだろうから、それでいい。

何に対して泣くかなんて解らないし、
涙を流す姿なんて思い浮かばないけれど、
きっとあの男は涙を流すことなく泣くだろう。


そんな姿は、見たくない。
笑っていればいい。

もう二度と会うことなんてないけれど、
僕と交差することのない世界で、笑っていればいい。






08.09.26 『君が泣くって知ってたよ』 欺瞞五題:リライト様提供 Back   Next →