人を殺すことを楽しいと思ったことは、一度もない。 と言うより、何も感じない、と言ったほうが正しいくらいだ。 敢えて、何かを感じるとすれば、 それは生と死が絡み合った一瞬一瞬の高揚感。 思わず浮かぶ笑みに気づけば、 あの頃の戦闘の中におけるヒバリの顔を思い出した。 きっと、同じ顔をしている。 Colorless. 「断ってもいいんだよ」 昔と変わって、静かにツナが言った。 「いや、楽しいし。 別にいいぜ」 「楽しいの?」 「それなりに」 人を殺すことを別に楽しいとは思わないけれど、 あの高揚感は楽しいと言えないワケではない。 本当のことを告げれば、少しだけ哀しい顔をされた。 それはすぐに俯き、隠された。 「山本は、変ったね」 「そうか?」 別に変ってなどいないと思うけれど。 「変ったよ」 ――僕のせいだね、と続けられた言葉は、聞かなかったことにした。 別に変っちゃいないのに。 ただ、知らなかった世界に身をおいているだけだ。 それを変ったと言えば、変ったと言うのだろうか。 「なぁ、次はいつ?」 「…3日後」 ツナは少し辛そうに、視線を外した。 申し訳なさそうな顔しなくていいのに、と言いたいけれど、 言ったところで意味がないと知っているから、思いっきり笑ってやるとツナは苦笑した。 「やっぱ、お前で正解だったな」 部屋から出れば、笑う小僧。 吐き出された言葉は、懐かしい言葉。 聞いたのは、2年前。 初めて、人を殺した日。 「それ、2年前にも聞いたぜ。 意味、解らなかったけどな」 「言葉通りの意味だ。 ヒバリじゃなくて、お前で正解だったってことだ」 ヒバリ、という名前に反応しそうになる。 3年経った今でも、アイツは俺にとって特別のまま。 けれど、それをこの小僧に見せるつもりはない。 笑顔で感情を押し止るのは、 この世界に入って腕を上げたことのひとつ。 それなのに、一番欺きたいこの小僧には通じないのが癪で仕方ない。 「アイツは痛めつけることはできても、殺すことはできなかっただろうよ」 遠い目をして、小僧が笑う。 「…解んねぇだろ、そんなこと」 思わず、出た反論。 「何、怒ってんだよ。 じゃあ、訊くけどな。 アイツが人を殺すの想像できるか?」 ニヤニヤと楽しそうに笑って見せても、目だけが笑っていない。 想像なんて、いくらでもできる。 それはもう、鮮明すぎるくらいに。 返り血を浴びながら、不敵に口の端を上げて笑うだろうよ。 それはいっそ、壮絶なまでにキレイに。 でも、それを嫌だと、見たくないと、思ってしまう。 この世界にいて、どの口がそれを言うと思うが、それはどうしようもない。 けれど、 俺の想いとは裏腹に、小僧は逆の言葉を吐き出した。 「アイツは、甘いんだよ。 最後の最後でな。 でも、お前は違う。 普段は甘くても、最後にお前は笑って人を斬れる」 そうだろう、と笑う小僧が、いつになく憎らしい。 あぁ、その通りだよ。 命令なら、どんなに仲が良かったヤツだろうと、 ごめんな、と心にもない言葉を吐き出しながら笑って斬るだろうな。 けれど、ヒバリはどうなんだろう。 返り血を浴びて笑うヒバリは、容易に想像できる。 それでも誰かを殺すヒバリは、うまく想像できない。 それはヒバリの本質からなのか、単なる自分の願望なのか解らない。 「3年前、俺は知ってたよ。 お前が行くと言えば、ヒバリは来ず、 ヒバリが行くと言えば、お前は来なかったってな。 だから、最初にお前に声をかけた。 俺が欲しかったのは、お前だったからな」 聞かされた、3年前の小僧の胸の内。 それでは、俺は? 俺は、あの時何を思った?
06.06.17 uncontrollable=]〈感情などが〉抑制できない。 ← Back Next →