「俺と一緒に、イタリアに来て欲しいんだ」

ぐっと拳を握り締めて、ツナが言った。





Colorless.





「イタリアかー。
 ディーノさんトコに行った時、楽しかったなー。
 行きてぇけど、金ないし無理だな」

また誘ってくれよ、と続く言葉は、
ツナの悲痛な、違う、と言う悲痛な声にかき消された。

「違うんだ、山本。
 遊びじゃない。
 俺、マフィアの10代目を継ぐことに決めたんだ」

どこから見ても真剣で、
痛々しいとまで感じるその告白は、信じられないけれど嘘だとは思えない。

「…えぇっと、マジ?」

答えはなく、ツナは泣き出しそうな目で俺を見ていた。
その目を見て、ちゃかすことなんてできなくて、
今までは思い返してみれば、納得の行くことばかり。

いや、違うな。
本当は本当だと知っていたけれど、ごっこのままえ終わらせたかっただけだ。

「…そっか」

「ごめん」

ツナが謝る必要などない。
理解していないふりを続けた俺が悪いだけだ。









「いや、別にいいぜ?」

「何が?」

何に対して、別にいいのかと、ツナが問う。

「一緒に行くよ。
 何をすればいい?」

軽く何でもないことのように、笑って言った。
実際、何でもないことだった。

理解していないふりをしていただけで、
その実、ずっと気づいていたのだからこんな未来が来ることは何処かで解っていたのだろう。

だから、焦りも驚きも少なく受け入れることができている。

「…っ何で。
 何で、そんなに軽く言えるんだよ。
 遊びじゃないんだ。
 山本は折角受かった高校を辞めないとダメで、
 甲子園は勿論、プロにさえもうなれないんだよっ」

泣き出しそうな必死な目。




でも、何でっておかしくねぇ?
ツナが誘ったんだろ?

それも自分で言っておきながら後悔してしまうほどの決意を持って。




だったら、いい。

あの屋上の一件以来、俺の優先事項は変わったから。
野球は好きだけど、最優先するモノではなくなった。
だから、いい。






「ツナ、俺はいいって言った。
 甲子園に行かなくても、
 プロになれなくても、
 俺が野球を好きってことは変わらない」

「――人を殺すことになっても?」

泣き出しそうだった目が、凍りつくほどに冷たい目へと変わった。

「え?」

「マフィアなんだ、本当に。
 ごっこじゃない。
 今までみたいに、誰かを守るために戦えばいいだけでもない。
 悪くもない人を、無抵抗の人を、一般の人を、殺すこともあるんだ」

それでもいいのか、と問う目は、
再び痛みを堪えるような泣き出しそうな目だった。


先ほど垣間見せた冷たい目は、マフィアのボスの目と言われれば納得するモノだった。
けれど今見せている目は、俺のよく知るツナの目だった。

人を傷つけることを嫌う、優しいツナの目だった。
そんなツナが、10代目を継ぐことを決めたと言う。
どんな葛藤があったか、考えるまでもない。

それでも継ぐことを決めて、その上に考えた結果が――


「それでも、来て欲しいんだろ?」

「…ごめん」

また、ツナが謝る。
けれど、俯きもせず視線を逸らさずに俺を見ていた。






あぁ。
ダメだな、こんな言い方じゃ。





「俺が、行きてぇんだ。
 だから、ツナが謝ることはねぇよ。
 どうせ獄寺も行くんだろ?
 場所が違うだけで、一緒じゃねぇか」

笑って言ってやった。
でも、と、誘いをかけたくせに戸惑うツナを押し切るように。

「…ありがとう」

もうツナは謝らなかった。
だから、俺はもう一度笑った。
今度は、安心して心から。

けれど、それも束の間。
続けられたツナの言葉に、笑った顔が固まる。


「ヒバリさんも誘うんだ」

「…え、ヒバリも?」

「うん。
 山本、どうかした?」

心配そうに見上げてくる目に、
何でもないと笑いかけながら、俺の頭は動かないまま。


考えてみれば、予測されることだった。

同じリングを持っている。
一緒になって戦った。

それでも、整理のつかない頭と、
無駄に走る動揺とを押し隠すように、
オヤジに言ってくる、とだけ言って逃げるように立ち去った。






06.06.17 uncontrollable=]〈感情などが〉抑制できない。 Back   Next →