「山本?」 ホテルに頼んで手配してもらった花屋から、 約束の場所に行く途中で中学時代の同級生に会った。牡丹灯篭
「あれ、お前…」 「うっわ、久しぶりだな」 やけにハイテンションなのは、かなり匂うまで呑んだアルコールのせいか。 「元気かー。 お、酒持ってんじゃねぇか」 俺が手に持つ花束には目もくれず、コンビニのビニール袋を覗き込む。 そこにはビール6本と、ツマミが少々。 花屋の閉店が22時だったため、 そこからホテルに一度引き上げる気にもなれず、 そのまま約束の場所に行って時間つぶしに酒を呑むつもりだった。 「酒、いいよな。 俺は好きだ。 でも、お前にこれをやろう」 意味をなさない言葉の羅列と共に渡されたのは、一升瓶。 そんなモノを貰ったところで、今の状況は迷惑でしか有り得ない。 「いいよ。 お前、酒好きなんだろ? だったら、お前が呑めよ?」 柔らかく断ろうにも、旧友は聞いてはくれない。 「大丈夫だ、この中には紙コップがある。 ツマミもある。それに、高いらしいぞ」 言いながら、一升瓶と共にコンビニ袋を渡してくる。 覗いてみれば、いくつかの紙コップとツマミが。 顔を上げて、旧友を見たところでニコニコ笑っているだけ。 何を言っても無駄そうだ。 「…有難く貰っとくよ」 「おぉ、心して呑めよ」 にこやかに笑いながら、去って行く旧友。 …と思いきや、振り返り問いかけてくる。 「お前、今、何やってんの?」 「……いろいろ」 それはもう、いろいろと。 書類整理に始まり交渉、潜入捜査、果ては人殺しまで。 「そっか、楽しいか?」 「……そうだな」 楽しいけれど、楽しくない。 それが本音だけれど、そんなことは言う必要がない。 だから、笑って答えるだけ。 こういうことを、ヒバリは嫌っていたな、とかそんなことを思いながら。 意味もなく笑うなとか、笑って誤魔化すなとか、よく言われてたっけ。 「俺、教師になったんだ」 「お前が、意外だな?」 どっちかと言えば、 はちゃめちゃなことをして教師陣に迷惑をかけていた男だったのに。 「自分でも思うよ。 でも、俺以上に意外なヤツが教師してるからいいんだよ」 それより心して飲めよ、最高級の酒なんだからな、と。 くどいほどに言いながら旧友は今度こそ去っていった。 あの調子では、明日には俺と会ったことを忘れてそうだ。 校舎の裏の存在すら忘れられたような一角。 そこが、約束の場所。 あの時と時間帯は違うとは言え、同じ光景がある。 染井吉野とは違う、濃い色をした多弁な桜が一本。 品種なんて知らない。ただ、染井吉野とは違い少し遅れて咲く。 今も、満開に咲き乱れている。 「ヒバリ」 呟いた声は、静かに暗闇に散った。 会えもしないと解っているのに、それでも来ずにはいられなかった。 桜は昔と変わらずここにある。 けれど、ヒバリだけがいない。 過去には戻れない。 戻ったところで、何処からやり直せばいいのか解らないけれど。 溜息ひとつ吐き出して、幹に背を預けて座る。 見上げれば所狭しと桜が咲き乱れ、その隙間からは星が輝く夜空が広がる。 綺麗なのに、やってられない。 買ってきたビール6本じゃ、やりきれない。 貰った一升瓶を、今になって感謝した。 ゆらゆらと夢見心地。 長距離の移動のせいか、 日本と言う平和な土地柄のせいか、久しぶりに酔いがまわる。 風に流される花弁も、白銀に輝く月もどれもが幻想的。 ふと見た時計は、0時を指し示していた。 ゆっくりと顔を上げ、息を呑む。 舞い落ちる花弁の中に、ヒバリがいた。 記憶とは、少しだけ異なるヒバリ。 幻だと解っている。 夢を見ていると解っている。 そうじゃなければ、この状況に説明がつかない。 でも、それでも――… 「夢でも幻でも幽霊でもいい」 ただ、会いたかった。
08.02.08〜 ← Back Next →