「籠城かよ。
 お前らしくないな」

扉を開けたワケでもないのに、
いつの間にか、赤ん坊が部屋に入ってきて言った。
 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 


「…違うよ」

籠城じゃない。
庭くらいには出てる。

ただ、ディーノと会わないようにしてるだけだ。

ディーノは僕が言った時間に、ちゃんと食事を持ってきた。
最初は僕を呼んだり待ったりしていたけれど、
出て来ないと悟ってからは、一言二言話しかけてから去って行った。

それ以外は、ずっと避けて会っていないまま。




「…それより、遅かったね。
 もう来ないかと思ったよ」

勝手に決められた一週間と言う期限は、明日に迫っている。

「まさか。
 俺が、連れてきたんだしな」

ニヤリと笑う赤ん坊。

「ねぇ、どうして連れてきたの?
 僕は来たくなんてなかったよ」

その上、誕生日プレゼントって何。
こんなモノなら、いらなかった。

「そうか?
 欲しいと思ったんだけどな」

喉の奥で笑われた。
何処まで、この赤ん坊は解っているのか。

「ねぇ、君は僕が何を欲しいと思ったの?」

自分で訊いたくせに答えを聞きたくなくて、
撤回しようとしたら、それより先に答えられた。

「お前が、欲しいと思っているモノそのものだ」

何もかも解っている、とでも言うように、
それはもう悔しさも覚えないほど酷く楽しそうに笑いながら。




「…もういいよ。
 戦って」

最初の約束通り。

「こんな痩せた手でか?」

言いながら掴まれる腕。

「…食ってたか?」

「食べたよ」

主に、水を。
心の中で付け加えた言葉が聞こえたのか、
呆れられたように溜息を吐き出され、今度な、と言われた。


「戦えるよ」

本気で、なんて今を逃せば一生ないかもしれないのに冗談じゃない。

「馬鹿か。
 こんな手で、お前の本気が出せるワケねぇだろ。
 ちゃんと帰ったら、戦ってやるから我慢しろ」

「…本当に?
 約束してくれる?」

じっと眼を見て訊けば、
真っ黒で丸い眼がしっかりと僕を見て頷いてくれた。

「じゃ、いいよ」

正直、気力さえもない。





自分に、甘えを許した。
どうせここを出たら、二度とディーノと会わないつもりだ。

だから、
ここにいる間だけでも、感傷にふけることを許そうと思った。

そうでもしないと、
振り切ることができないと思ったから。






「よし、外にでも行くか。
 お前金ねぇんだろ?
 俺が、特別にお前の財布になってやる」

ぴょんと椅子から降りて、赤ん坊が笑う。

「何でも買ってくれるの?」

訊けば、赤ん坊が笑う。

「あぁ。
 車でも家でも買ってやるよ」

「いらないよ」

だって、本当に欲しいモノは手に入らない。






10.04.12 Back   Next →