「ほらよ。 ここのジェラートは美味いんだ」 差し出されたジェラートを、ベンチに座って一緒に食べた。 ア イ ラ イ ロ 「…美味しい」 フルーツの酸味のおかげで、甘すぎなくていい。 「だろ? アイツのお気に入りで、未だに食ってんじゃねぇのか」 その瞬間、 味覚は消え、ただの冷たいモノへと成り果てた。 「もういらない」 自分だけエスプレッソを飲んでいた赤ん坊に押し付けると、 呆れたような顔をしながらも、赤ん坊はそれを食べてくれた。 ぼんやりとその姿を視界の端に映しながら、言った。 「ディーノが、好きなんだ」 「へぇ。 今さらか?」 面白がるでもなく、淡々とした声。 「そう。 今さらだよ」 気付いた時には、相手は僕のことをもう見ていない。 どうして、僕はあの時気付かなかったのだろう。 「今まで自分の生き方について、後悔なんてしないと思ってた」 いつだって、自分で選び取ってきた道だ。 だから、間違えた、と後々思ったところで、 取り返すことができる今だけを思って生きてきたから、 悔いることなどないと思っていた。 「でも、初めてだよ。 今、酷く後悔してる」 これが、モノなら違った。 何が何でも、手に入れようとする。 でも、モノじゃない。 感情だ。 まして、ディーノの。 理解できない感情であっても、 あの時、自分に向けられていた感情が、 軽いモノなんかじゃなかったと知っている。 そうでなきゃ、 毎回あんな苦しそうな顔なんてしていなかった。 けれど、 そんな想いを抱いてくれていたのに、 僕はその手を振り払って、 ディーノは違う相手を見つけた。 そして、この上なく幸せだと笑った。 僕の入り込む余地なんてない。 それに、あの人の幸せを壊す権利はない。 いくら理解できない感情だったからと言って、 あれだけ酷い扱いをしてきたんだ。 もう、苦しむ顔なんて見たくない。 「らしくねぇな。 諦めるなんて」 「知ってる」 でも、無理だ。 「お前は、相手のことなんて考えねぇと思ったけどな」 考えないよ。 あの人以外なら、自分を優先する。 構う理由などない。 でも、あの人だから。 ディーノだから、ダメなんだ。 「いいじゃねぇか。 今まで通り、お前の好きなようにやれよ」 「…何、さっきから」 人が大人しく諦めようと言うのに、 どうして、けしかけるような言葉しか言わないのか。 「別に。 お前らしくねぇ、って言ってるだけだぜ。 何で、お前が我慢しなきゃなんねぇんだ」 馬鹿らしい、とまで言って赤ん坊は笑う。 「…あの女とキャバッローネがうまく行かない方がいいの? それとも、男の僕とうまくいって、 ディーノの代でキャバッローネを終わらせたいの?」 「いや、どっちでもねぇよ。 あの女の実家とキャバッローネが組んでも利益はそれなりにあるし、 別にお前とうまく行ったところで、ディーノは後継ぎを他に産ませるかもしれねぇ。 先のことなんて、何一つ解らねぇよ。 だからこそ、お前らしく好きにやれって言ってんだ」 俺がいいって言ってんだから好きなようにやれ、と笑った。 考えて考えて、 悩んで、諦める、なんて選択をしたのが馬鹿みたいに思えるくらいの、 見たことのない笑顔だった。 だから。 「…いいのかな」 呟いた言葉に、赤ん坊がまた笑う。 「いいって言ってんだろ」 「…うん」 じゃあ、それならば。 「ねぇ、赤ん坊。 お願いがあるんだ」 「何だ? 約束通り何でも買ってやるぞ」 「違うよ」 知ってるくせに。 欲しいモノは、お金で買えるモノではない。 それに、 本当に欲しいモノは与えられるのではなく、自分で勝ち取るべきだ。 「お金貸して。 草壁と連絡取れたら、すぐに返すから」 「いいぜ。 で、何を買うんだ?」 今度こそ、 見慣れたニヤリとした笑いでもって訊いてくるから、 これ以上なく笑って答えた。 ――象徴、と。
10.04.12 ← Back Next →