「ねぇ、時間ある?」 ディーノの屋敷に戻る車の中、訊いた。 「あー、ちょっとヤバいな」 呟いて、赤ん坊は眉間に皺を寄せ答えた。 ア イ ラ イ ロ 赤ん坊と外に出て、丸一日経っている。 目的の品を探しに時間がかかり、 見つけたと思っても、取り寄せに一日かかると言われた。 手ぶらで帰るつもりなんてなくて、 それを告げれば、赤ん坊は笑いながらディーノに連絡をとった。 そして、今。 約束の一週間目の午後。 「今日、何があるの? どうして、無理矢理僕を連れてきたの? あの人は、理由を知らないみたいだけど…」 一週間前、 僕に会って、ディーノは酷く狼狽えたくせに、 戻ってきて再び会った時には、笑って僕を迎えた。 そのくせ、理由も告げず一週間家から出るなと言った。 だから、 僕を連れてきた理由を知っているのは、赤ん坊だけと言える。 「ねぇ、何があるの?」 「さぁな。 俺も知らねぇよ」 ただ取引をした、と赤ん坊は続ける。 「ボンゴレにとっては勿論、 お前にとっても利益があることだ」 「どうして? 僕にとっても利益があるって言えるの? 僕の利益になり得るかどうかは、僕にしか解らないよ」 問い詰めて訊いても、赤ん坊は笑うだけだった。 「さぁ、付いたぜ。 俺の予想じゃ、 あと10分もねぇから、言いたいことあるなら行って来い。 ここで待っててやるから」 ニヤリと赤ん坊は笑い、僕を車から追い出した。 よく解らないままに、走った。 時間がない、それだけは解っている。 「恭弥」 部屋に入るなり、ディーノはソファから立ち上がった。 「あんま、時間ねぇみたいなんだ」 僕の帰りに安心したように笑いながらも、どこか寂しそうだ。 「知ってる。 赤ん坊があと10分くらいって言ってたよ」 まぁ、その10分から数分は経っているけれど。 「ねぇ、最初から草壁と連絡取ってくれるつもりなかったんじゃないの?」 何もかも、赤ん坊が仕組んだこと。 「僕を赤ん坊に売るつもりだった? 僕に、嘘をついたの?」 僕には絶対に嘘を吐かない、と言って憚らなかったくせに。 「…すまん」 ディーノは、馬鹿正直に頭を下げ謝った。 「言い訳はしないの?」 訊けば、そっと窺うように上目づかいをしてきた。 「あのな、これだけは言わせてくれるか?」 「何?」 一応、聞いてやる態度を示せば、 ディーノは顔を上げ、真っ直ぐに僕を見て言った。 「俺は何があっても、お前を売るなんてことはしねぇ。 …例え、ファミリーがそのことで危険に晒されようとしてでもだ」 「…嫌に、ハッキリと言うね」 僕の知るこの人は、いつだってどこかで迷っていた。 好きだと愛してると告げながら、 それでも、後継者問題を考え悩んでいた。 たった半年の空白。 それは、ディーノに何をもたらしたのだろう。 「欲しいモノは、 欲しいと言えるだけの力が今ならあると思うからな」 眩しいくらいの笑顔で、ディーノが言った。 欲しいモノは、欲しいと言えるだけの力。 自分にそれがあるのか。 考えるまでもない。 力があるかないかじゃない。 自分が欲しいと思うのならば、手に入れるまでだ。 「手、出して」 突然の言葉にディーノは動いてくれない。 「手、出してって言ってる」 もう一度言えば、訝しながらも右手を差し出してきた。 「違う」 出された手を払いのける。 「左手」 言えば、やっと左手が差し出される。 その手をとり、くるりと甲を上に向けた。 「恭弥?」 不思議そうにディーノが問いかけてくる。 「後悔はしない主義なんだ。 でも、唯一後悔したことがあってね」 突然脈絡もなく話す言葉に、更にディーノは不思議そうな顔をする。 その目を見ながら、真っ直ぐに言葉を続ける。 「よく解らないけど、時間がない。 こんな状況は不快で仕方ないから、 赤ん坊の元に行って原因を叩きのめしてくるけど、 それでも、その前に言おうと思ったんだ」 ディーノの左手をとった逆の手で、ポケットを漁る。 そこから取り出したモノを見て、ディーノは息を飲んだ。 けど、構いはしない。 それを指にとり、 そっとディーノの左手薬指に嵌めた。 象徴として、探したモノ。 それは代々キャバッローネに受け継がれてきた指輪と重ねづけしても、 デザイン的にも動き的にも邪魔しないモノ。 「…恭弥」 ディーノの声が震えた。 その理由を訊きたいようで、訊きたくない。 どうせ時間もないのだ。 それを理由にして、言いたいことだけ言ってやる。 「僕は、欲しいモノは必ず手に入れるよ」 じゃあね、と動けないままのディーノを置いて扉を出た。 「待たせたね」 赤ん坊の元によれば、赤ん坊は笑った。 「いや、ちょうど頃合いだ」 「何処に行くの?」 「何処にも行かねぇよ」 赤ん坊は楽しそうに笑い、時計を見る。 「どう言うこと?」 「恭弥。 俺は誕生日プレゼントだと言ってここに連れてきたけどな、 あれは、俺からのプレゼントなんかじゃねぇ」 「どう言うこと?」 理解不能な言葉に、僕は同じ言葉を繰り返す。 「5年後のお前からのプレゼントだ」 「何?」 意味が解らない。 「まぁ、意味なんて解らなくていいんだけどな。 伝言だ。 欲しいモノは、足掻いてでも手に入れろ、だとよ」 何だそれ。 ますます意味が解らない。 「どう言う――」 そこでいきなり、 煙が立ち込め始め、言葉が途切れ、視界も白く染まる。 「じゃあな、5年後に会おうぜ」 赤ん坊の笑う声を間近に聞きながら、 遠くからディーノの切羽詰まったような声が聞こえた気がした。 でも、 絶対あり得ない言葉だから、幻聴でしかあり得ない。 だって、 ずっとこれが欲しかったんだ、愛してる、なんて有り得るはずがない。
10.04.12 ← Back Next →