「ここ使えよ」

頷いて、すぐに部屋に入ろうと手を伸ばしたのに、
あ、とディーノが言った。

振り返ったら、困ったような顔をしたディーノがいた。
 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 


「誕生日、おめでとう。
 言うの遅くなったな」

悪い、とディーノが言う。

僕はどこか呆然とディーノを見る。
頭が、真っ白だった。

それに気付かないのか、ディーノは勝手に話し続ける。



「急だったから、何もプレゼント用意してねぇんだ。
 何か欲しいモノあるか?
 あるなら、明日買いに行こうぜ。
 特になくても、明日一緒に出かけようぜ」

楽しみだ、と言わんばかりの顔。
そんな顔を見ながら、何とか平静を装った声を絞り出す。

「…いらない」

あなたとなんていたくない。

「まぁ、そう言うなって。
 出かけるだけでも出かけようぜ」

な、と笑いかける男に抵抗する余裕もなく、
行かない、と言って逃げるように部屋の中に入り、
鍵をかけて、ずるずるとその場に座り込む。






誕生日だった。
いろいろありすぎて忘れていたけれど、誕生日だった。

最初日本にいたことを考えると、
もう翌日になっているかもしれないけれど、
それでも誕生日を迎えてすぐのはず。

それなのに、
初めは動揺していたからかもしれないが、
今はもう落ち着いていたのに、ディーノは忘れていた。


あれだけ、
狂おしそうに僕のことを愛してると言っていたディーノが。

いつだって誕生日には、
花束と少なくはないプレゼントをくれていたディーノが。


付け足すかのように、思いだしただけ。





ディーノにとって、僕は何?
愛してるって何?

あれだけの感情はたった半年で消えてしまうモノ?



戦ってくれさえいれば、必要ないと思っていた感情。

それは本当に必要なかったのか。
求めていなかったのか。

もう自分のことなのに、解らない。









「…嘘吐き」

少しだけ落ち着いたと思ったのに、
無意識に呟いた声は、そんな言葉だった。

ディーノの部屋はここから遠い。
昔、自分で言った言葉をもう忘れてる。


高校を卒業した時、
ディーノはイタリアに来いよ、と言った。
更に、来てくれたら自分の部屋の横を開けとくから、と言った。

行かない、と一刀両断しても、
ディーノは、決めたから、と言って、
ずっとその部屋は開けておく、と言った。

その話を、ディーノは忘れてる。
それなのに、僕は覚えてる。

この惨めさは、何だろう。



頭では、解ってる。
結婚して、この上なく幸せだと言うディーノが、
自分の部屋の横を空けている筈はない。

そんな当たり前のこと解っているのに、納得できないでいる。







それに、指輪。

ディーノの左薬指に嵌った指輪は、
キャバッローネに代々伝わる結婚指輪。

それも昔、ディーノが言っていた。
いつかもらってくれるか、なんて笑いながら写真を見せてくれた。


そんな指輪を見て、本当に結婚したんだと思った。






何もかも忘れて、幸せなディーノ。
無駄に覚えていて、捕らわれて身動きできない僕。







「…苦しい」

声に出したら、余計に苦しくなった。

込みあげそうになる嗚咽を必死に耐えたら、
ぽたりぽたりと、雫が落ちた。

「…っは」

もう、笑うしかなかった。
涙を流しながら、自分の惨めさに笑った。





ディーノ、苦しいよ。

あなたもこんな気持ちだったの。
こんな苦しさを、あなたは味わっていたの。


知らなければよかった。
知りたくもなかった。


知ったところで、
同じ想いを返せるかもと気付いたところで、
もうあなたは、僕のモノになり得ない。






10.01.17〜02.21 Back   Next →