本当に、冗談じゃない。
一秒だって、傍にいたくなんてない。
 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 

「…どうしても、一週間ここにいなきゃいけないの?」

呻くように訊いた。

「外に出たいなら、俺に言えばいい。
 一緒だったら、屋敷の外に出てもいいぜ」

肩を竦める仕草が腹立たしい。


「あなたの監視下にいろ、ってこと?」

「…あー、んー、まぁ、そうかな」

一週間だけだから、我慢しろよ、と言いながら、
また頭を撫ぜてこようとする手を振り払った。

「僕は自由だよ。
 あなたの監視下にいるなんて冗談じゃない」

「あぁ、お前は自由だよ。
 でも、それ以上にプライドが高いだろ。
 だから、俺の部下にも街の奴らにも無駄に手を上げたりしねぇよな?」

何だ、それ。
自由だと言いながら、監視下にいろなんて意味が解らない。

それに、ディーノの言うことも腹が立つ。
部下や群れている街の人間を咬み殺して、金銭を奪うことは簡単だ。

でも、ああまで言われたらできるワケがない。



咬み殺す相手はひとり、ディーノだ。

 




「冗談じゃない」

咬み殺す、とトンファーを再び構えたけれど、
ディーノは鞭を構えることさえしない。

「一週間のうちに、リボーンが来るぜ。
 その時なら、本気で戦ってやる、ってよ」

伝言だと笑う。
ギリっと唇を噛みしめた。


あの赤ん坊が本気で僕と戦ってくれる。
それは、なかなかないことだ。

自由とそれを秤にかけたら、グラリとそれは傾いた。


「嘘だったら、承知しないよ」

その言葉の意味することを理解したディーノは、
おぅ、と楽しそうに笑った。

本当に、何の陰りもない懐かしい笑顔で、
僕はまた、胸の痛みを感じた。


だから。




「ホテル、用意して」

嫌で仕方ないけれど、赤ん坊が本気で戦ってくれるなら我慢する。
でも、一秒だって傍にはいたくない。

「どうして?」

どうしてって、嫌だから。
ディーノの傍にいたくない。

けれど、それを言うのは戸惑われた。


変に意識していると、思われたくない。
それに、自分でもそんなことは認めたくない。



「群れは嫌いだよ」

尤もらしい言葉を吐き出した。

ここにはディーノの部下もいれば、あの女もいる。
あぁ、本当に冗談じゃない。

一歩も部屋から出ないにしろ、同じ家にいることさえも嫌でしかたない。


それなのに、ディーノは笑う。



「安心しろよ。
 ここには、俺とお前だけだ。
 屋敷の外には部下もいるけどな、
 入ってくるのはロマーリオが仕事持ってくるのと、
 コックが料理をしに通うくらいだ」

「…嘘吐き」

先程は、部下がいた。
それに、あの女もいた。

「嘘じゃねぇよ」

他人がいるの嫌がるからな、とディーノは笑った。

嫌がる相手は、僕じゃない。

あの女だろう。
新婚で、子供まで身籠っているのなら、
いくらディーノの部下とは言え物騒な人間が傍にいるのは嫌だろう。

それに、他人がいるのを嫌がると言うのなら、
僕をホテルに追いやればいい。

言っていることが違う。



「…さっきは、いただろ」

女も部下も。

「あぁ、もうフランスに行ったぜ。
 実家がそっちなんだ。
 部下がいたのはそのせいだ」

「…」

あの女はいないのか。
ディーノの子を産むために、イタリアを離れ安全な所に行ったのだろう。

だから、
屋敷には、ディーノの他に誰もいないと言う。
けれど、だからと言って、素直に頷けるはずもない。


何と言えば、ディーノは納得するのか。
言葉に迷い、視線を落とした先で見えたモノ。







「…あなた、幸せ?」

突然すぎる言葉に、ディーノは不思議そうな顔をした。
けれど、それも一瞬で。

「あぁ、この上なく」

晴れやかな、
これ以上ないくらい幸せそうな顔でディーノは笑った。


ギリギリと心臓が締め付けられる。
けれど、痛みとは裏腹に思考は遠のく。

それでも何とか、言葉を吐き出した。



「部屋、連れてって」

急に大人しくなった僕をディーノは訝しがったけれど、
疲れたのか、と訊くから頷いてやった。

それから促されるままに、後ろを付いていく。





何も考えたくなかった。
ホテルまでなんて、遠い。

早く、ひとりになりたかった。






10.01.03〜09 Back   Next →