「恭弥」

会いたくなかった人が、笑って僕を迎えた。
先程なんて、呆然と見ているだけしかできなかったくせに。

 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 

「…お金か電話貸して」

仕事以外の話はしないと決めた。

それなのに、こんな状況。
話さないですむワケがない。


会うことを、嫌だと思った。
怖いとさえ思った。

それなのに、
いつだって思いつめた顔で、
好きだとか愛してるだとか言っていたディーノは、
出会ったころのように、
それどころか懐かしい人を見るような目で僕を見て笑う。


生まれたのは、戸惑い。
でも、それを押し隠す。

昔から、感情表現に乏しく、
更に大人になるにつれ、
ポーカーフェイスを身に付けた僕の感情を読み取るのは、
長年傍にいる草壁でもできないのだから、ディーノが感づくはずはない。





「何だよ。
 久しぶりに会ったんだぜ。
 ちょっと話そうぜ」

気軽に笑う顔なんて、何年も見ていなかった。
それを見て苦しいなんて、何の冗談だ。

早くここを出たい。
ディーノの傍から離れたい。


「話すことなんて、何もないよ。
 お金か電話貸して」

繰り返し強く言い放てば、ディーノは苦笑した。
まるで聞き分けのない子供に対する態度。


気に入らない。

袖の中のトンファーを握れば、
気付いたディーノが宥めにかかる。


「まぁ、待てよ。
 お前に電話も金も貸さねぇ。
 その代わり、草壁には連絡をとった」

だから、安心しろ、とディーノは笑う。

「あなたにしては、気が回るじゃない。
 で、草壁はいつ来るの?」

草壁に任せている仕事は多岐に渡り、
それは世界中を飛び回ることに繋がっている。

だから、アジトのある日本にいる可能性は低い。
けれどその分、イタリアの近くにいる可能性も高い。

それでも、突然消えた僕を思えば、
遅くても明日の夜には迎えに来るだろう。


そう思ったのに、ディーノが予想外の言葉を吐き出した。






「一週間後だってよ」

「…何の冗談?」

何においても僕を優先する草壁が、
僕が必要としているのを解った上で、一週間なんて言うはずがない。

「嘘吐くと、承知しないよ」

ジャキっとトンファーを構えたけれど、ディーノはまた宥めるように笑う。

「嘘じゃねぇよ。
 お前、突然リボーンにここに連れて来られたんだろ?
 俺が連絡入れるさっきまで、アイツはそのことを知らなかった。
 すぐに来れるワケねぇだろ?」

「それなら、送金すればいいだけだよ」

それなのに、何を一週間もここで待てと言うのか。



「忘れたワケじゃねぇだろ?
 草壁は、お前が欲しがってた匣を探しにマチュピチュに行ってる。
 昨日、その部族の長に期限付きでなら遺跡の中入っていいって言われたらしくてな、
 すぐにお前の元に戻ってくるのは無理だそうだ」

「だったら、送金だけでも」

「草壁がいる所を考えろよ。
 無理だ。
 それに、お前、仮にも財団作ってトップ張ってんだろ?
 だったら、いくらリボーンにとは言え、
 手も足も出せずに浚われたなんて他の部下に言えるのか?
 草壁だけしか無理だろうが」

ギリと唇を噛みしめる。

そんなこと言いたくもない。
でも、ここになんて居たくもない。


「ま、諦めろよ」

ポンと頭を叩く手を払いのけた。

「あなたが、電話を貸すなりお金を貸すなりしてくれたらいいだけだよ」

「だから、それは無理だと言ってる」

苦笑するディーノが酷く憎い。








――どうして。
こんなはずじゃなかった。

余裕な顔をするのは僕で、焦るのは男のはずだった。


それなのに、どうして…。



あぁ、そうか。

会うのが怖い、と思った時点で、
会いたくない、と思ってしまった時点で、
僕がディーノを一切の感情なく見ることができなかったというだけ。




たった半年会わなかっただけで、
どうしてこうまで変わってしまったのだろう。




五年間、
言い続け、それでもできなかったことを、
今、あっさりとやってのけているディーノ。

五年間、
何の感情も持たずにできたことが、
今、できなくなってしまった僕。


それが意味することなんて、知りたくもない。



―― 一週間ここにいるなんて、冗談じゃない。






09.12.26〜27 Back   Next →