「ねぇ、戦って」

この前の別れ際も、もう僕のことは諦めると言ったくせに、
またしても会うなり、好きだと言って抱きしめてくるディーノを引き離し言った。

 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 

「あー、うん、今度な」

ちょっと無理、と言うディーノは疲れ切った顔をしている。
今ならすぐに咬み殺せそうだ。

弱った所を叩くなんて趣味じゃないけれど、
負けたままよりは今はいい、と思った。

だって、そうでもしないとこの関係が終わらない。



「ダメだよ」

戦って、と今にも寝てしまいそうなディーノを揺する、

「恭弥ぁ、俺72時間寝てないんだぜ」

無理、と言いながら、またしても抱きついてくるから殴った。

「それは、あなたの都合だよ。
 僕に会いに来たのなら、僕に付き合ってよ」

「…今、戦っても面白くないぜ?」

それでもいいのかと、恨めしそうな眼で見られるけど関係ない。

「いいよ。戦って」

その言葉に、ディーノは釈然としない顔をしたけれど付き合ってくれた。










結果、僕が勝った。








「だから言ったろ。
 今戦っても、面白くないって」

地面に座り込みながら、
立つ気力もなさそうに僕を見上げるディーノ。


例え、72時間眠ってなかろうが、
例え、どんなに疲れ切った状態であろうとも、
相手が僕じゃなかったら、ディーノは負けなかっただろう。

手加減するとかしないとかじゃなく、
ディーノは僕がディーノを殺さないと思っている。



それは、甘えだと思う。


誰に対してなのか、
何に対してなのか解らないけれど、
甘えだと思い、僕はそれを不要だと思うのだ。




本気を出さないのなら、いくら強くても意味がない。
この先ずっと、ただの手合わせで満足なんてできやしない。

泥だらけで、所々に血が滲んでいる顔を見下ろし言った。









「僕の勝ちだね」

「…恭弥?」

いつもとは違う僕に気がついたのか、ディーノの顔から間抜けさが消えた。
どこか不安そうにさえ、見上げてくる。

けれど、そんなことはどうでもよかった。
聞きたい言葉がある。

「ディーノ。
 僕は、あなたに、勝ったよね?」

態と強調して訊く。
それに、ますますディーノの顔に不安が広がる。

けれど、ディーノは頷いた。

「…あぁ、お前の勝ちだ。
 でも、絶対今度は――」

勝つ、と続くのか、
負けない、と続くのかは知らない。

そんな続きを聞く必要なんてなくて、その前に言った。



「今度なんてないよ」

「…っ」

目を見開き、言葉も出ないディーノに更に続ける。

「僕は、あなたに勝った。
 負けた人間に、用なんてないよ」

「…な、ちょ、待てよ」

ディーノは立ち上がろうとしたけれど、できなかった。
僕が思い切り体重をかけ、足を踏んだから。

それでも睨みあげてくる目を見て、少しだけ寂しいと思った。
だって、もうこの眼を見ることはない。



「今まで、お前が何度負けても付き合ってきてやっただろうがっ」

ディーノは足の痛みに呻きながらも、必死に僕に言う。

「そうだね。
 でも、それは僕があなたに負けてたから。
 もう僕は、あなたに勝ったよ。
 弱い人間になんて興味はない」

「…っ、お前、ボロボロの俺に勝って満足なのかよ。
 万全でない状態で勝って、何が勝っただ」

挑発に変わった言葉。
それでも、僕は挑発になんて乗らない。

そんなの解った上での言葉だ。

「でも、あなたは負けを認めたよ?」

だから、もう用はないのだと告げる。
ディーノは言葉もなく、呆然と僕を見上げた。





「さよなら、ディーノ」

もう、会わない。
会いに来ても、絶対に会わない。

仕事で会わざるを得ないと言っても、草壁に任せる。

それが無理でも、
その時はディーノが自分で言っていたように、ただの昔の弟子としてしか会わない。

そもそもそんな関係でしかなかったけれど、
言われてきた数々の言葉を聞かなかったことにして、
ディーノの感情さえもなかったことにして、
仕事以外の紡ぎだされる言葉に耳を傾けることさえしない。


もう決めたことだから。


ディーノが勝手に決めて、
勝手に破るような簡単な決め事ではなく、それはこの僕が決めた事。



だから。
さよなら、ディーノ。






09.11.25〜29 Back   Next →