「ヒバリ、プレゼントだ」


振り返れば、
赤ん坊が僕に照準を合わせ、ニヤリと笑ったままに銃を撃った。

ハッピーバースティ、と楽しそうに笑う声が聴こえた。 

 
 
 
 

 
  
 
 
 
            ア イ  イ ロ 
   
 
 
 


 
 
 
 

痛みはなかった。
けれど、知らない場所にいた。


華美ではないが、質素でもない。
上質なモノだけで揃えられている。
そんな誰もいない、知らない部屋に、ただ僕は立ち尽くしていた。

けれど、恐怖はない。





腕の中に隠し持ったトンファーの感覚はある。
自分が誰なのかも解っている。

それ以外に必要なモノなんて、何もない。



恐れるモノなどないが、
警戒を怠るほど愚かでもなく、そっと扉を開けて呆れた。



馬鹿みたいに広い廊下が続いている。
どう考えても、一般家庭ではないと知れる。

洋館の屋敷と言ったところか。








赤ん坊はいつだって僕を楽しませてくれるけれど、これはやりすぎだろう。
撃たれた銃は催眠弾あたりで、眠らせて連れてこられたのだろうか。

ワケの解らないままにも、人の気配を探って近づいていく。



一際重厚な扉の前に、男が二人いた。
外国人らしく屈強な体つきをしており、纏う雰囲気も碌なものじゃない。

ここまでくれば、赤ん坊の仕業なのは決定だろう。

何度だって、マフィアになれ、と言われてきたけれど、断ってきた。
赤ん坊だって僕が誰かの下につくなんて思っちゃいない。
そのくせ、諦めることなく、それは挨拶のように言ってくるのだ。
今の協力関係にあることだけでも、最大の譲歩だと知っているだろうに。


嫌いじゃないけれど、
好き勝手にされたという苛つきは治まるものでもなく、
扉の前の男たちが僕に気付く前にふたりとも沈めた。

それから、
中にいるであろう赤ん坊に文句のひとつでも言ってやろうと扉を開けた。
















「…恭弥?」

扉を開けた先には、赤ん坊はいなかった。
中にいたのは、三人。

ディーノとロマーリオと少し儚げな女。

「…恭弥?」

何故か狼狽えながらディーノは席を立ったけれど、
その場に立ち尽くしたまま動けず、呆然と僕の名前を呼ぶ。

僕は同じく呆然としたまま、
ディーノの前で驚いた顔をして座っている女を見る。


一方的に知っている顔だった。
月に一度は日本に来ていたディーノが、
半年も僕に会いに来ない原因となった女で、僕はそんな女の膨らんだ腹を見ている。







好きだと、愛していると、
どんな時だって、会えば開口一番に言っていた男は、
僕を見て、ただ名前を呼んだだけで言葉は続けられない。


それが、決定的だった。







いつだって会う度に、
好きだとか愛してるだとか、
理解しがたい言葉を吐き出す癖に、
いつだって帰国の際の別れ際は、
もう会わない、会っても家庭教師と弟子だ、と、
酷く辛そうな声で勝手に言って帰っていく。

けれど、会えば繰り返されてきた言葉。
それが、今はない。


「邪魔したね」

帰るよ、と帰る当てさえもないのにその場を後にした。











外に出ても、知らない場所のままだった。

日本とは違う街並み。
日本とは違う言語。

それでも、その言語はイタリア語だと解り、
多少解することができるのは、五年もイタリア語を話す男が傍にいたからだ。

――五年も、ディーノは僕の傍にいた。

勿論、ずっとじゃない。
それでも何かと理由をつけて、
一月に数日から一週間は日本にいて、僕の所に来ていた。






家庭教師だと勝手に名乗るディーノのそれなりの強さは認めるしかなく、
いつか絶対に咬み殺してやる、と思っていたのに、未だそれは叶わず。

僕はそれだけが目的で、
最初から何も変わっていないのに、
いつの間にか、ディーノは僕を好きだと言い始めた。

苦しくて仕方ない、という顔で。

けれど、
それを押し付けるでもなく、
ただ聞いてくれればいい、と言いながらも、
解ってくれ、と言わんばかりの切実な顔をして。







そんな顔は、見たくなかった。

苦しめたいワケじゃない。
ただ、戦って僕を満足させてくれればいい。


だから、他の人を好きになればいい、と何度も言った。
その度に、もっと情けない顔をして、無理だ、とディーノは言った。

あまりにその言葉をお互いに繰り返した結果、
ディーノは、もう諦める、弟子としかもう見ない、と言ってイタリアに帰った。


けれど、
一月後にまた日本に来たディーノは僕を抱きしめ、
無理だ、愛してる、と言った。


僕は抱きしめられたままに、その言葉を聞いていた。
泣きそうな声で、痛いほどに抱きしめられて、ぼんやりと空を見る。
ふわふわと揺れる金色を、ただ哀しいと思った。









だって、
好きだとか、愛してるだとか、
ディーノの言う意味が解らない。

解らないから、返せない。

いつだって、
何も返せやしない僕を――七歳も下の男の僕を、
苦しいと言いながらも、何年も諦められない男を哀れだと思った。

解らないからという理由だけじゃなく、無理だと思った。


そんなに苦しいと言うのなら、僕はそんな感情を望まない。
感情に捕らわれ、身動きできないなんて冗談じゃない。


理解できない感情を、
理解したところで、苦しむしかない、と知っていて、
誰がその感情を理解し、返すというのか。

僕には、何ひとつ理解なんてできやしない。






09.11.23 Back   Next →