「お前、何をやってる?」 少年らしからぬ眼光で、小僧が問う。 「内緒」 とびっきりの笑顔で答えれば、 珍しく隠そうともせずに、小僧は苛立った。 ヒバリが泣いた日。 小僧に問われるまでもなく、 何をやってるんだか、と自分でも思う。 でも、どうしようもない衝動だった。 金があった。 脅せるだけの力もあった。 禁忌とは言え、研究している人間もしたがる人間もいた。 そんなヤツらと繋がるコネもあった。 なかったのは――失ったのは、ヒバリだけ。 だったら、やるしかないだろ。 自分の持てる限りのモノすべてを使ってでも。 だって、可能性があったのだから。 こんなこと嫌悪するべきことなのに、 ヒバリが生き返るなら、何とも思わない。 それどころか、感謝すらしたいね。 自分の持つ、すべてのモノに。 久しぶりの再会。 そして、聞かされた現実。 余命、数ヶ月って何だよ。 それも、どうしてあんな顔で言う。 何も言えなかった。 他の誰にも、言うこができなかった。 結局、ヒバリは勘のいい小僧を避け続け、 仕事上どうしても顔を合わせねばならないツナには、 痩せて行く身体を心配することを、 言葉はなくとも、俺に見せたあの笑みで黙らせ、ギリギリまで仕事をし続けた。 ツナがヒバリが訪れる日を教えてくれなかったら、 俺も小僧のようにきっと避けられ続けた。 会えたとしても、 俺はあの笑みを見せられたせいで、 ただバカみたいに見ているだけしかできなくて、 最期は、俺にすら何も言わず消えて行くんだろうと、 解りたくもない確信だけが深まっていった。 次の仕事を終えたらヒバリが休暇をくれと言ったと、 ツナが泣きそうな顔で俺に教えてくれた時、心臓が凍った気がした。 ヒバリがいなくなる、と言うことが、 ヒバリと会えなくなる、と言うことが、 どれだけ自分にとって恐ろしいことが思い知る。 点検だと称して、 ツナにヒバリの銃を回収させ発信機と盗聴機を埋め込んだ。 ツナは、何も言わなかった。 ただ、黙って銃を差し出してくれた。 それから俺も仕事を休み続け、 最高級の医者と科学者、 そして妖しげな研究者を雇い続け、ヒバリの動向を伺った。 そこまでしても、気づかないヒバリの鈍った神経に安堵よりも痛みを覚えた。 弱っていく、ヒバリ。 俺は何もできず、 何も言えず、ただ見ているだけ。 それも隣からではなく、遠くから。 ――それから暫くして、ヒバリが死んだ。 冷たくなっていく亡骸を、 抱きしめるよりも先に、医者と科学者に差し出した。 腐食が始まる前に、早く。 少しでも生前の原型をとどめていられるようにと。 生き返るように、 もう一度会えるように。 時間を、取り戻したかった。 曖昧なあの関係ではなく、 気づいてしまったエゴの塊のような想いに沿えるように。 「なぁ、あとどのくらいかかる?」 「もう目覚めますよ」 白衣を着た女が、薄っすらと笑んで答える。 それなりに美しい部類に入るであろう女。 けれど、自分の興味の前では倫理観などがない女。 それでも、俺にとっては役に立つ女。 「早く目覚めるといいな」 女は、もうすぐですよ、と恍惚とした顔で培養液の中のヒバリを見上げた。 「ヒバリ」 うっすらと、目が開かれる。 黒々とした目が、ぼんやりと俺を見つけた。 名を呼んでもまだよく解らないのか、焦点の合わない目で見上げるだけ。 頬に触れれば、冷たさが伝わる。 その手を下げ首元に触れれば、脈打つ感触は得れず。 それでも、後悔は生まれない。 「ヒバリ」 もう一度名を呼べば、ゆっくりと瞬きをして俺を捕らえた。 目に光が宿る。 それは俺を認め、憎悪に変った。 「……っ」 何かを言われたけれど、掠れて聴こえない。 ヒバリが望まないことをやったんだから、聞き返してやらない。 「おかえり」 にっこりとこれ以上ないくらい笑ってやれば、 憎悪を込めて睨み上げる目から、涙が零れ落ちた。 ヒバリの涙など一度たりとも見たことがなく、その時初めて後悔した。 でもそれは、 ヒバリが泣いたことに対してで、 生き返らせたことでは決してなかった。
06.07.16 ← Back Side.H →