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7月7日。
俗に言う、七夕。

そんな日の夜に、数年ぶりに男に会った。





Summer Lovers Day. 





玄関の扉の前に、佇む男。

歳の割りに不相応な一見して高価だと解る服を、適度に着崩している。
どう見ても、一般人とは言えない格好。

じっと見つめる僕に、男が気づき笑いかける。


「よ、久しぶり」

軽く手を上げる男を無視して鍵を開ければ、その手を掴まれる。

「何だよ、無視することねぇじゃん」

「知らない人間と口を聞いてはいけません、って昔習ったからね」

薄く笑えば、男は驚いた。

「ヒバリでもそんなこと言うんだ」

そんなこと、が何かは解らないけれど、
バカにしたふうではなかったので無視をした。

けれど手を離さない男に諦め、中に入れた。



「キレイにしてんだ」

興味深いとでも言うように、ぐるりと部屋を見渡す男に座るように勧めた。

「なぁ、今日が七夕だって知ってた?」

コーヒーを受け取り、男が問う。

「それなりにね」

答えれば、嬉しそうに笑った。

「晴れたな」

空気の入れ替えをするために開けた窓の外を、振り返って眺める男。



「何しに来たの?」

「ヒバリに会いに」

僕を見ないで、男が静かに言った。

「何年も会いに来なかったのに?」

「…晴れたからな」

視線を僕に戻して、男が言った。

「何それ?」

「七夕ってさ、雨ばっかじゃね?
 俺、雨降ってる時しか知らねぇんだ。
 1年に1度だけしか会えないのに、
 雨で天の川も氾濫して会えないんじゃねぇのかな。
 それなのに、俺たちだけ会えるのって悪ィと思ってよ」

真っ直ぐに、僕を見つめる目。
そんな目に対して、僕は笑う。




「素敵な言葉だね、って僕が言うとでも思ってる?
 嘘を吐くなら、もっとマシな嘘をつきなよ」

バカバカしい。
下らない。

「あ、やっぱバレた?」

真剣な目は、何処へやら。
昔見慣れた心内を読ませない笑みが、そこにあるだけ。

「まー、それは嘘なんだけど、
 会いたかったのは嘘じゃねぇよ」

苦笑からは、それが本気か嘘か僕は解らない。


「どうでもいいけど、僕忙しいから帰ってくれない?」

「イタリアから来たのに、もう追い出すのか?」

「それはそっちの都合でしょ。
 僕にも都合があるんだよ」

どんな、と問う男に、
君には関係ない、と笑ってやる。

都合なんてないけれど、男と会っていたくなかった。




「会いたかった」

「帰ってよ」

会いたいなら、さっさと来ればよかったんだ。
それなのに、男は一度も向こうに行ったきり帰って来なかった。

「ヒバリが、追いかけて来てくれると思ってたんだけどな」

「バカじゃないの」

僕が、そんなことするワケがない。
そんなことをすると思っているのなら、僕は男を一生見限る。

「だよな。
 それを思い知らされたから来た。
 待ってても、無意味だった」

「さっさと帰ってよ」

「バッカだな、ヒバリ。
 無意味だったから、迎えに来たって言ったろ。
 一緒に行こうぜ」

手を伸ばし、男が笑う。
困ったように苦笑のように、懇願のように。




「行かない」

無意識に出た言葉。

「何で?」

伸ばされた手から、目が離せない。
それでも視界に映った時計が、現実を知らせる。

「もう、君の言う七夕は終わったよ」

どうにか視線を手から外し、時計へと促す。
男は、僅かに眉間を寄せた。




「本気だって言ったろ?
 七夕だからってワケじゃねぇんだ」

「七夕だから、来たんだろ?」

七夕にかこつけて来たくせに、何を言う。

「いや、まぁそうなんだけど」

少し考えるように、男が視線を巡らす。


「なぁ、俺と一緒にいるの嫌?」

伺うように、男は訊いた。

「嫌だね」

迷うまでもなく、答える。
本心だから。

男は、僕を僕でなくさせた。
僕らしさを、崩す男。

そんな男と一緒にいたい、と思うはずがない。

「酷ぇな」

男が、苦笑で嘆く。

「帰って」

渡したコーヒーカップを取り上げ、扉を指差した。





「時間って必要だよな」

扉を見て、窓の外を見て、再び男は僕を見て言った。

「何?」

「彦星も織姫も、どれだけ時間をかけても年に1回しか会えないんだよな。
 それを数年間も会ってなかった俺が、
 1回でヒバリとずっと一緒にいようだなんて、アイツらに失礼ってやつだ。
 だから、時間かけてお前を口説く」

真っ直ぐに見つめてくる目。
それは本気か、否か。

「勝手にすれば?」

言い放てば、男は立ち上がり扉へと足を向ける。
擦れ違いざまに、身をかがめ僕にキスをした。

「近いうちに、また来る」

それだけ言い残して、男は出て行った。



僕は男が出て行った扉を睨むように見たけれど、もう男は現れない。
溜息ひとつ吐いて、取り上げたコーヒーカップを覗けば僅かに中身が残っている。

中途半端に残されたそれが、僕の中に跡を残していった彼と重なった。






06.07.07 Back   Side.Y →