10代目を継いで、3年。

リボーンの助けもあって、
我武者羅に働いて、漸くなんとか軌道に乗り、安定さえしている状況。





Blue sky.

リボーンは、褒美だ、と、 行きたいのなら、日本に3ヶ月間だけ留学をというカタチで戻っていいと言った。 それは、 日本最高峰の試験に受かれば、という無茶にもほどがある条件だったけれど、 獄寺くんとリボーンのおかげで、なんとか合格できた。 久しぶりに踏んだ日本の地、 懐かしむ間もなく大学へと赴いた数日後、意外な人物に会った。 「山本?」 「あっれー、ツナ?」 不思議そうに振り向きながら、懐かしい笑顔を見せる。 「どうしたの?」 「どうしたのって、  えぇーっと、ここの学生だからいるんだけど、ツナは?」 「学生?」 ここの? 日本最高峰の? 万年、俺と並んで赤点ばっか取ってたくせに? けれど、そういう俺だって、 ここに留学生というカタチとは受かってるんだから、不思議じゃないのかもしれない。 「そう、経済学部の学生。  ツナはどうした?」 「あぁ、俺もここの学生なんだ。  3ヶ月だけだけど留学生として」 そっか、と柔らかに山本が笑う。 その後、懐かしむような他愛もない話が続いた。 「それ、どうしたの?」 先ほどから、ずっと気になっていたことを訊いた。 中学の時しか知らないけれど、反射神経が人並みでないことを知っている。 それなのに、山本は頬を腫らしていた。 「あ、ちょっとな」 笑う顔は、不思議なほどにどこか鮮やか。 「ちょっとって、かなり痛そうだよ?」 甘んじて受けるものではないと思うのだけど。 「好きだと思ってた人に会ったんだ」 どうそれが答えになるのか解らないけれど、山本はただそう言って笑った。 そんな再会を果たしたのが、2ヶ月前。 それから時折、大学内で山本に会った。 その度に、山本の怪我は激しくなっていった。 「…山本、何をしてるの?」 3週間前、 顔の腫れは引いていたけれど、新たに手首に包帯を巻いていた。 2週間前、 手首の包帯をそのままに、足を引きずっていた。 1週間前、 足を引きずることもなく、 手首の包帯は取れてはいたけれど、肩からリネンで腕をつらしていた。 そして今日、 腕をつらせたままに、左眼を眼帯で覆っていた。 「ん、何もしてないぜ?」 笑う顔は、相変わらず鮮やか。 けれど、その笑顔と身体の傷が似合わない。 「何もしてないって、会うたびに怪我が酷くなってるじゃないか」 リボーンが感心するくらい、運動神経はよかったんだ。 高校でも甲子園で活躍し、プロにスカウトされていたのも知っている。 そうそうに、反射神経が衰えるはずなんてない。 それなのに、どうして怪我ばかりが増える? 「あぁ、まぁ、気にするな」 ポリポリと苦笑しながら、頬をかく。 「気にするな、って無理だよ。  どう考えてもおかしい」 言ってくれないのなら、勝手に調べる、そんな想いで睨み上げた。 それ相応の情報収集力はある。 僅か数時間もあれば、知りたいことは知ることができる。 けれど、そんなことはしたくないと思っている。 そんな権利などあるはずもないとも、知っている。 でも、友人が傷つくのは嫌なのだ。 マフィアに所属しているからこそ、余計に思う。 誰も傷つかず解決するのであれば、それが一番なのだ。 「再会した時に、  好きだと思ってた人に会った、って言ったの覚えてるか?」 観念したのか、諦めたように山本が呟いた。 「覚えてるよ」 その時も、思ったから。 身体の傷と、笑顔がかみ合わないって。 「愛情表現なんだ」 「何が?」 傷付けられることが? 会う度にその傷は増え、酷くなっているというのに? そんな愛情表現て何? 「相手自身を傷付けられるより、俺を傷付けるほうがいいと思わないか?」 言ってる意味が、解らない。 自分自身を傷付けることも、 山本を傷付けることも、どちらもいいとは思わない。 そもそも、誰かを傷付けることが愛情だなんて思わない。 愛情だと言うのなら、僕がしていることは何だというのか。 マフィアなんて、人を傷付けてばかりいる。 それを、愛情がある、なんて思わない。 思えるはずなんて、ない。 「僕に、それを言うの?」 今の僕の仕事を知っているくせに。 「悪ぃ。  そういう意味じゃねぇんだけど…。  無意味に他人を傷付ける相手でも、  自分自身を傷付けるヤツでもないんだけど、  生きてる人間を相手にしてると、解るんだって」 何を、と、訊くのが怖かった。 それを悟ったのか、小さく山本は笑った。 そして、続ける。 「生きてるって――」 生きてる人間を相手にしてると解るって他にもあるだろ、 と、思ったけれど、言えなかった。 他にはないからこそ、 山本は甘んじて受け入れているのだろう。 「痛くないの?」 結局、言えたのはそんなことだった。 「痛いけど、痛くない…かな」 それで、生きてるって思えてくれればいいのだ、と山本は笑う。 あの鮮やかな笑みで。 「いつか、死んでしまうよ」 このままエスカレートすれば、確実に死んでしまうように思えてならない。 「いいよ」 何を言われたのか解らず、思わず顔を仰ぎ見る。 山本は、笑ったままだった。 「山本?」 「アイツが死ぬよりかいい。  なぁ、死にたいワケでもないのに、ナイフで腕を傷付けるんだ。  躊躇い傷っての?アレさえないんだ。  何でそんなことをって訊いたら、見たかったって言うんだ。  自分にも赤い血が流れてるのを。生きてるってのを。  そんなことを唐突にするくせに、本当に死にたいワケじゃないんだから笑えるよな?  でも、それこそそんなことを続けてたら、確実に死ぬ。  だから、別に俺を傷付けることで、アイツが傷つかないならいい。  俺が傷ついている間は、アイツは傷つかない」 死なない、と強く笑った。 「僕には、解らないよ」 それが愛情だとは思わないし、思えない。 「別に、解ってもらわなくてもいいよ。  俺の我侭でしかないんだし、勝手に俺がそうしたいと思っているだけだから」 何を言っても、無駄なのだと思った。 山本は、それでいいと思っている。 他人が何を言っても、無駄でしかないのだ。 こんなことなら――… 「中学の時、無理矢理でも連れて行けばよかったね」 山本は、獄寺くんと違って一般家庭に育った。 だから、マフィアになんてさせてくないと、 裏社会なんて知らなくていいと、 人を殺させたくないと思ってしまって、誘わなかった。 でも今、後悔している。 連れて行けばよかった。 無理矢理連れて行っても、 きっとあの時なら山本は笑って許してくれたはずなのに。 「…ツナ、過去は変えられない。  あるのは、今と未来だけだ」 このまま行けば、 そう長くも生きていけそうにないくせに、何を言うのか。 そう言ってやりたかったのに、言葉は出なかった。 あの時、誘ったところで何が変わる? 誘う世界は、マフィアなのだ。 死が隣り合わせにある世界。 下手すれば、とっくに命を落としていたかもしれない。 何処で生きようが、未来なんてあってないようなものだった。 「その人が、他に生きる意味を見出せればいいね」 結局、そんな言葉しか言えなかった。 本当は、と山本が呟いた。 空を見上げる表情は、よく見えない。 「それが一番だと思うんだけど、俺は嫌なんだ」 独り言のように呟かれた言葉を、深く追求することなどできなかった。 だから、逃げるように一緒になって空を仰ぎ見た。 雲ひとつない空は目に痛いどころか、胸にさえも痛かった。
08.0513. Back   Side.Y →