無駄に重厚な扉をノックする。 けれど、反応はない。 ポケットからスペアキーを取り出し、眺めた。 これを使って扉を開けるということは、無理矢理シンタローの中に入っていくことかもしれない。 けれどもう逃げないと、向き合うと決めたのは私だ。 Who is loved? 扉を開ければ、スプリンクラーのせいで服も髪も濡らしたシンタローが、 床で未だに燻り煙を上げている何かをじっと見つめていた。 その顔は俯き、表情が見えない。 「…シンちゃん、何をしているの?」 「…別に」 「別にって、何を焼いているの?」 「…別に」 「…シンちゃん」 答えてはくれぬシンタローの傍に歩み寄れば、燃えているのはビデオテープだのDVDと思しきモノ。 燃え残っているラベルには、『シンちゃん』の文字が書かれている。 「…これ、パパの?」 その問いにすら、シンタローは答えてくれない。 いつもなら、 酷いよシンちゃん、パパとシンちゃんの思い出のコレクションなのに、 とでも言って泣いて見せるのだが、そんなことができる雰囲気ではない。 マスターテープを他に保存しているので、大したダメージは受けないけれど、 それでもどうしてこんな行動に走ったかが気になる。 いつものように、ただ照れながらも起こっているワケでは決してない。 「シンちゃん、パパのこと嫌いになった?」 問う声は、酷く情けないモノだった。 シンタローは振り向き私を仰ぎ見て、笑った。 哀しそうに、けれど自嘲の笑みで。 それが答えらしく、シンタローは背を向け去っていった。 私は再びそんなシンタローを止めることはできず、ただ呆然と立ち尽くし後姿を見つめた。 あの笑みの意味が解らない。 嫌いになったのなら、あんな笑みで笑うはずがない。 原因が、解らない。 けれど鍵となるのは、このビデオたち。 ちらりと視線を落とせば、煤だらけになり溶けかけているビデオの山。 あの日私が部屋を出るまで、シンタローは普通だった。 いつもと同じ、他愛無いことでシンタローが照れて怒って。 そんな可愛い怒りを冷ますべく、席を立ち戻ればあの状態だった。 部屋を出る前と戻ってきた時とで変わっていたことは、ふたつ。 シンタローが私との昔のビデオを見ていたこと。 そして、シンタローの態度。 何の変哲もないシンタローと私が映るビデオ。 けれど、それこそに原因となるものがあるはず。 未だ燻るビデオを足で踏みにじって火を消し、部屋を出た。 向かうは自分の部屋。 あの時シンタローが見ていたビデオ――それが、始まり。
09.26 ← Back Next→