思えば、あの日からシンタローはおかしくなった。 笑わなくなった。 私を、見なくなった。 Who is loved? 「お父さま、シンちゃんとケンカでもしたの?」 グンマが心配そうに訊ねてくる。 「…そうかもしれないね。 でも、私は覚えがないんだよ」 覚えは、ないワケではない。 けれどそれらが原因であったとしたら、シンタローは別の怒り方をする。 面と向かって、抗議してくる。 その程度のモノでしかない。 だから、覚えはない。 あれほどまでに、静かに怒りを表す…いや、それすらも通り越されるほどのことをした覚えなどない。 私は、一体何をしたのか。 「…お父さま」 哀れみを滲ませ、グンマが私を見上げる。 それを安心させるように笑ってやった。 「グンちゃん、シンちゃんから何か訊いてない?」 グンマは、ゆるゆると首を横に振る。 「…何も。 シンちゃん、誰とも喋ってないみたいで…」 「誰とも?」 今度は、コクンと頷く。 「ティラミスやチョコレートロマンスとは話してるみたいなんだけど、 仕事の話以外は話してないって…。 それに最近ずっと、寝てないみたいなんだって…。 ねぇ、お父さま。 シンちゃん、どうしちゃったんだろう。 僕、怖い」 あの頃みたいで――、と消え入る声でグンマが呟いた。 それは、苦い思い出を呼び覚ます。 コタローをシンタローの手から奪い取った日、シンタローは変わった。 誰も、信じなくなった。 無駄に身体を痛めつけるように、戦場の前線に自ら希望し赴きながらも、 コタローのことがあるから死ねない、と矛盾を抱えながら何年も生きていた。 その間、私は何もすることができず。 ただしたいように、やらせるしかなかった。 コタローを隔離することを止める、という選択肢など持ち合わせていなかったから。 そんなアンバランスだったシンタローを変えたのは、あの島とそこで出会った人たち。 けれど今、彼らはいない。 そして、シンタローはもう逃げ出せる立場にいない。 自らが望んでその地位に就いたのだから。 「お父さま、大丈夫だよね。 シンちゃんは、大丈夫だよね?」 祈るように見上げてくる、もうひとりの息子。 血の繋がった息子。 愛しい息子。 けれど、それ以上に愛しい存在が今は闇の中。 そこから抜け出すことができるとしたら、それはシンタロー自身の力。 でも、せめて手助けにはなりたい。 道しるべとなりたい。 あの時、私は何もできなかったから。 例えまた原因が私だったとしても――… 「大丈夫だよ。 今度は、私もちゃんと考えるから」 向かい合うことから逃げるように誰かに追わせるのではなく、最初から私が追いかけるから。 ちゃんとこの手で捕まえるから。
09.23 ← Back Next→