何の冗談だ?
これは、誰だ?







What am I for you?





    

投げ渡されたビデオは、黒髪の子どもを映し出した。
シンタローと名乗った彼に似ていることから、彼の幼少期に違いない。

それは、別にいい。
彼にパパと呼ばれていることも、この際どうでもいい。

信じられないのは、ビデオに映る私だ。


笑っている。
作った笑みなどではなく、心からの笑みで。


冗談だろ?
私が、こんな笑みで笑うはずがない。
総帥を継いだあの瞬間から、そんな甘ったれたモノとは縁を切ったのだから。



それなのに、私は笑っている。

子どもが、話しかけてくるたびに。
笑いかけてくるたびに。

私は、笑っている。


目の前が、真っ暗になる。
愕然とする。

彼が自分にとって何だったのか、知ることが怖い。
今まで築いてきたモノが、足元から崩れそうな思いに捕らわれる。



とにかくビデオを消そう、とリモコンに手を伸ばせば、
小さなノックと共にドアが開けられる。

覗く黒い髪。
心臓が、ドクンと跳ねた。

けれど、現れたのはジャン。






「失礼します。
 サービスは…もう帰ったみたいですね」

キョロキョロと室内を見回し、落胆したように呟く。

「あー…お邪魔しました」

それだけ言うと、ドアを閉めようとする。

「待ちなさい」

呼び止めれば、ジャンは俯きがちだった顔が上げ、困ったように笑った。

その顔を、じっと見つめる。



ジャンに纏わる記憶は、碌なモノがない。

サービスは、ジャンを殺したと思い目を抉った。
けれど、実際はルーザーが殺した。
そのルーザーは、死んだ。

そしてジャンは敵対する赤の番人で、
死んだはずなのに、今あの当時の若さのまま目の前に立っている。

その経緯は、よく覚えていない。
だが胸に残る想いに、不快なモノはない。

恐らく、記憶が曖昧となってはいるが、
その当時の私はジャンの存在を納得していたのだろう。


では、そんなジャンに似た彼は誰なのか。
ジャンならば、知っているかもしれない。


知ることが怖い、と思ったのは事実。
けれどそれ以上に、知りたい思いがあることも事実。




「君は、『シンタロー』を知っているかい?」

「私より、あなたのほうがよくご存知だと思いますが?」

零れ出た言葉に、ジャンは笑う。

「記憶が曖昧だ、とサービスに聞かなかったのかな」

「聞きましたよ。
 でも、そんなことは関係ないと思ったんですが…。
 それじゃ、ダメですか?」

「何も、覚えていないんだよ」

「お教えしても、意味のないことだと思います。
 だから、誰もあなたに何も言わない。
 言って解るようなモノじゃないんですよ」

言いながら、まだ流れていたビデオ画面を指す。
映し出されているのは、幼い彼を抱きしめて笑う私の姿。

「マジックさま、私は昔のあなたを知っています。
 残酷でとても冷たい人だったあなたをね。
 けれど、あのビデオに映る表情豊かなあなたも知っています。
 どちらもあなただ。
 ただ、そこに『シンタロー』がいるかいないかの違いです」

それ以上は、自分でお考えください、と言い残してジャンは出て行った。





違い。

彼がいるか、いないかの違い。
ただそれだけなのに、世界が変わるほどの違いを見せ付けられている。

笑う自分の姿など、想像できない。
幸せだと笑う姿など、一生ないと思っていた。

それなのに、私は笑っている。
ただ、彼の存在があるだけで。


ビデオを見ても、謎は深まるばかり。
そして失くして久しいと思っていた感情が、静かに呼び覚まされる。

胸が痛い、などと思ったのは、一体いつからだったか…。






04.11.08〜11 Back   Next(Side.S) →