シンタローを止めることができなかった。
小さくなる後姿を見て、ただ悔しい、と思った。







What am I for you?







親と子の情を知らない。

シンタローを通してマジックから受けてはいたが、それは俺に対してではない。
それにあれは行き過ぎているということも異常だということも、
疑似体験の中で周りとの違いで気が付いた。

けれどどこまでも向けられる愛情は、暖かかったことを覚えている。

例え間違った愛情だったと今は気づいていても、
幼かったあの頃、疑似体験の中と言えどそれは救いだった。

本来自分に向けられるモノがシンタローに向けられていると解っていても、
無関心に冷たくされるよりはマシだったし、愛されていると解ることは希望だった。


後に、マジックが本当の父親でないと解り、
もう一生俺自身に向かって本当の親からの愛情が与えられないと解っても、
あの時の記憶と疑似体験があるからと思えば、救われた。


それほどまでに、俺にとってマジックとシンタローの親子の愛情は大切なモノだった。
たとえ間違っていようと、俺にとっては本当に救いだったのだ。

だから、今のマジックが腹立たしい。


何故、忘れた?
あのシンタローへの想いは何だったんだ?
俺の救いは?


…俺はシンタローのためというより自分のために、
ただ思い出して欲しいのかもしれない。






病室に戻れば、マジックはひとりで雑誌を読んでいた。

雑誌は単なる経済紙だというのに、浮かぶ表情は厳しいもの。
ほとんど目にした事がない表情。

霞んだ28年間。
消えたシンタローの記憶。

今見ているのは、28年前のマジックとも言える。
そんなマジックは、知らない。


俺が知っているのは、
時間があかなくても無理やり作って、シンタローを構うマジック。
シンタローがいない時は、撮りためたビデオを見るマジック。

様々な表情を見せていた。


それなのに、今のマジックはそんな表情を見せない。
先ほど一族の皆がいる中、笑っていても何処か冷たかった。





「キンタロー、どうかしたのかい?」

気配に気づいたのか顔を上げ、笑いかけてくる。
作った印象を感じさせる笑顔。

「本当に、シンタローのことを覚えていないのか?」

「シンタロー?
 さっきのジャンによく似た子かな?」

考えるように、眉間に皺を寄せる。

「あぁ」

「さぁ…。覚えてないね。
 でも――…」

キレイな笑顔だったね、と笑う。


今にも泣き出しそうなあの笑顔が、キレイ?
俺ですら胸が痛んだというのに、キレイだと笑っていうのか?


「…本当に覚えていないんだな」

以前のマジックなら、馬鹿みたいに涙を流して駆け寄っただろうに。

「覚えてないよ。あの子は誰だい?」




正直に、答えてやる義理はない。
今言ったところで信じないだろうし、
俺やグンマのことのようにただ頭で理解しただけではダメだ。

そこに感情が伴わない限り、意味が無い。
でも、何も教えないと前へ進まない。

「…自分で、思い出せばいい」

言いながら、放ったモノをマジックはしっかりと受け止める。

「ビデオ?」

「見たところで、変わらないかもしれないけどな」

それだけ言って、部屋を出た。







何か、思い出すだろうか。
何か、変わるだろうか。

あの間違った――
けれど俺の救いであるあの親子の愛情を、また見られるだろうか。






04.11.08 Back   Next(Side.M) →