一族専用の病室に駆け込めば、コタローとグンマ以外の一族が揃っていた。

叔父さんにハーレムにキンタロー。
そして、その隙間から見えたマジック。

垣間見たマジックは多少やつれていたけれど、朗らかに笑っていた。
けれど俺を視界に映した瞬間に、一族以外に見せるあの冷酷な目で俺を見据えた。







What am I for you?







「誰だい君は?
 ここが何処だと思っている?」

冷酷な目と同じく冷酷な声で、俺に話し掛ける。
一度も自分に向けられなかったそれ。
けれど、本当は向けられるべきであったそれ。

俺とマジックの間には、血縁関係など一滴もない。
つまり、他人なのだ。
だから当然あんな目を、声を向けられても仕方がない。

それなのに、どうして俺は馬鹿みたいに立ち竦んでいるのだろう。
マジックが俺を忘れていようと、
手術が成功して意識が戻っていることを喜ばなければいけないのに。

「…失礼…しました…」

乾ききった喉から声を絞り出し、踵を返す。
ドアノブに手が伸びる。
けれどその手がドアに触れる前に呼び止められる。

「シンタロー」

叔父さんが、俺を呼んだ。
振り返れば、いつもと変わらぬ美貌の中で僅かに眉を潜めていた。

「シンタロー、待ちなさい」

痛みを堪えた目が、見つめてくる。



でも、叔父さん。
俺はここにはいられない。
金と青の色彩を持つ一族の中に、黒の色彩を持つ俺は異質なものでしかない。

緩く首を振って、再び俺はドアノブに手を伸ばす。
けれど、再び呼び止める声が聴こえた。

叔父さんの声ではなく、昨日まで毎日のように電話で聞いていた声が。





「待ちなさい」

心臓が、ドクンと跳ねた。
手にじわりと汗が滲む。

期待しては、いけない。
呼び止める声は、変わらず冷たいものなのだから。

再び振り向けば、冷たいアイスブルーの目が射抜くように見つめてくる。
怖いと思った、あの目。

「サービスと知り合いなのか?
 それに君はジャンに似ているようだが――」

血がいっせいに引いていく音が、聴こえた気がした。
身体が、手の先が、冷たくなる。


俺の名を呼ぶよりも先に、この顔を見ればジャンを思い出すのか。


どこかで解っていたけれど、心臓を鷲掴みされたような衝撃を受ける。
けれど、それで終わりではなかった。

逸らすことなく俺を見据えながら、マジックが訊いた。

「君は、誰だ?」

視界の端に、その場にいた誰もが息を呑むのが映った。





誰?
そんなの俺が訊きたい。

アンタの息子、と4年前なら言えただろう。
でも、それは違う。

マジックの息子は、
すぐ傍に立っているマジックによく似た金と青の色彩を放っている彼なのだから。

では、愛していると毎日のように言っていた相手、とでも?
そんな記憶をマジックは、忘れ去っているのに?
それに、俺は一度も応えたことがないというのに?

誰だ、と言われたところで、返す答えがなかった。




愚かしくも今、後悔をしている。

馬鹿みたいに好きだの愛してるだの言われているうちに、
素直にちゃんと応えていればよかった。
それだったら、問われた言葉に返す言葉があったかもしれないのに。

でも後悔したところで過去に戻れるワケでもなく、
戻れたところで素直になれる自分ではないことは解っている。

だから今、答えられることは唯ひとつ。
泣きそうになる気持ちを抑え、笑って言った。

「シンタロー」




振り返らなかった。
零れそうになる涙を唇を噛み締めて我慢して、ドアへと手を伸ばす。

呼び止める声は、もうなかった。






08.11〜10.29 Back   Next →