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強くなったつもりだった。

団内の試合でも、連覇を遂げている。
ガンマ団一とも言われるようになった。

けれど、そんな強さは何の意味も持たない。







The treasure named a rime. -side.S-







思えば、母さんの顔を見たことがなかった。
いつも傍にいたのは、マジックだけ。

母さんは病気だから、その一言で終わらされていた。
コタローが生まれた時も、母さんの姿はなかった。
ただ、死んだ、と聴かされた。

その言葉にショックは受けなかった。
だって、知らない人だから。

写真すら見たことのない人。
それが、俺を生んだ人。

疑問が生じなかったワケじゃない。
ただ、考えることが怖かった。

だから、考えることを止めた。
その代わりに、弟を――コタローを愛そうとした。



金の髪。
今はまだ解らないけれど、きっとそれは秘石眼だろう青い目。
一族の子どもと一目で解る、その姿。

もしかしたら、自分を愛したかったのかもしれない。

纏ってくるはずだった色彩を持って生まれたコタローを、
纏ってくるはずだった色彩を持って生まれなかった自分の代わりに。


それなのに、マジックはコタローを拒絶した。




纏うはずの色彩を持っていない俺に対して異常なほどに愛情を注ぐのに、
何故、一目見て俺より確実に自分の子どもだと解るコタローを拒絶し幽閉までするのか。

もし纏うはずの色彩を俺が持って生まれてれば、
マジックは俺も拒絶したのだろうか。



――それなら、
真意の見えない『愛してる』を囁いたのは、誰に対して?

自分の息子だから、ではないのか。
纏うはずの色彩ではなく、こんな色彩を纏って生まれたせいなのか。

何を、信じればいい?

考えれば考えるほどに、怖くなる。
知らず、血の気が引いていく。






「コタローを何処にやった」

それでも訊かずにはいられなくて必死の思いで訊いたのに、
マジックは、何処か虚ろなままに答える。

「シンタロー…コタローのことは忘れろ」

「何を言ってんだよ、親父。
 気は確かかよ」

頭ごなしに、怒鳴ってくれればよかった。
言い訳をしてくれれば、よかった。

それなのに、マジックはただ忘れろと言うだけ。

不安が、助長する。
それを隠す余裕もなく縋るように見上げれば、頬に触れられる。



「私の息子は、お前だけだ…。
 お前さえいればいいんだ」

告げてくる表情も言葉も、何処か虚ろなまま。
それなのに、それは紛れもなく真剣だと解ってしまう。

「な…何言ってんだよ。親父…」

否定の言葉が聞きたいと、必死で出した言葉は無様に震えた。
けれどそれさえも無意味なように、続けられる言葉。

「覚えておけシンタロー。
 一族の後継者はお前だ」

そんな言葉が、欲しかったんじゃない。

「違うよ。
 俺は後継者なんかじゃねえっ。
 秘石眼すら持たないできそこないだ」

長年まとわり付いて離れなかった負い目が、抑えることもできず溢れ出す。

マジックの目が、僅かに見開かれた。
傷ついているように見えた。

けれど、もう言葉は止まってはくれない。
言ってはいけない、最後の言葉を言ってしまった。




「俺はアンタみたいにゃなれねえ」

後悔、なんて生易しいモノを感じる前に、床に吹っ飛んだ。

殴られた頬に、打ちつけた背に痛みを感じるより先に、
心臓を抉られたと錯覚するほどの痛みが走った。

マジックの表情を見てしまったから。

怒りを前面に表しているそんな顔は、今まで見たことがなかった。
だけど、目が怒っていない。
傷ついていた。

そんな表情は、本当に初め見た。


胸が、痛い。
マジックにのまれぬようにと睨み返しながらも、泣きそうになる。

息が止まるほどの張り詰めた空気を破るように、
マジックは一度だけ大きく踵を鳴らし、去っていった。

その姿を見ながら、泣いた。
哀しいからなのか悔しいからなのかも解らずに。





マジックのことなど、切り捨てればいい。

あんな非道な人間など、見捨てればいい。
絶対に哀しむ奴より、喜ぶ奴のほうが多い。

それなのに、見切れない自分がいた。
何処かで、信じていた。

頼めば、すぐにコタローを解放すると信じていた。
俺を俺として見てくれていたと信じていた。

けれど、もう限界だ。


マジックが、何を考えているのか解らない。
いつも下らないことばかり口にして、核心を見せてはくれない。
初めて本心が垣間見れる傷ついた目を晒して見せても、その心中は語ってはくれない。

信じられなくなる。



だから、決意した。

マジックを憎んでしまう前に。
見せてくれたあの笑顔も貰った愛情すらも、信じられなくなる前に。


――離れよう、と。






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