生まれた歪は、日々止まることなく成長していく。

哀れだとしか思わなかった彼女を憎んだ。
間違っていると解っていながらも、その思いは止められない。







The treasure named a rime.







どうして、コタローを生んだ?

彼女が断ればよかったのだ。
そうすれば――…

そうすれば、何だと言うのだろう。
あいつらが諦めたとでも言うのだろうか。

そんなことは、在り得ない。
何処までも欲深く浅ましいあいつらは、他の女を用意しただろう。
けれどそれが解っていてさえも、彼女を憎まずにはいられない。

静かに壊れながらも、彼女は何を思っていた?
シンタローを生んでから、彼女は何を思っていた?



苛立ちよりも、焦りが生じる。
シンタローが離れていく、その予感が消せない。

けれど、どうすれば元通りにすることができるのか解らない。






そんな中、小包が届く。
彼女が連れてきた古参のメイドから。

彼女の死への非難めいた言葉は一切なく、
ただ目を通してくれとの言葉とともに、彼女の日記が添えられていた。


『彼が、私を愛さないことを知っていた。
 
 けれど、それでもいいと望んだのはこの私。
 だから後悔はない。
 生まれてきた一族の出来損ないのような子どもを彼は嫌悪するどころか、
 手元から離さぬほどに愛してくれた。
 
 彼に他に何を望めと?
 何も、望まない。
 
 …そう思っていたのに、愚かな企みに乗ってしまった。
 金と青を纏う子どもを生めば、あの子を産んだ時以上に彼が喜んでくださる、
 会いに来てくださる、という愚かな言葉をどうして信じたのだろう。
 
 生まれてきた子どもを見て、企みを告げた人たちは喜んで彼に連絡を取った。
 彼の反応がどんなものかを僅かでも知りたいがために後をつけ見たものは、
 顔色を変えて慌てふためいている幹部。
 
 喜ばれていない、と漸く知った。
 私はただ、もう一度彼に会いたかった。
 それだけだったのに――…

 何もかもが、間違っていたのかもしれない。
 
 私が望まれていたのは、子どもを生むこと。
 けれど、それさえも彼の本当の望みではなかった。
 
 知っていたのに、愚かにも忘れていた。
 それは私の願いであり、愚かな幹部の願いであっただけ。

 もう、合わす顔は持ち合わせていない。
 終わりにしなければ…あの子たちを残して。

 罪深き私が生んだ子どもたち。
 きっと、彼を苦しめるだろう。

 私が苦しんだように。

 けれど私は、卑怯にもひとり先に辞退させていただく。
 もう苦しむのは、終わりにしたい』
  
  

静かに病んでいった彼女の最後の日記。

その最後のページを握り締めた。
目を閉じれば、初めて会ったときの彼女の静かな笑顔が思い出される。

最後まで哀れだった女の悲痛な手紙。
けれど、それすらも私の胸には届かない。

すべてを承知した上だと、あの時彼女は言った。
それなのに、どうしてコタローを生んだ?

望んでないと解らなかったのか?

私が望んだのは、一族の血を濃く受け継ぐ子どもではない。
秘石眼を持つ子どもでもない。
ただ煩い一族や幹部どもを黙らせる、格好の道具だ。
可愛がるつもりも愛すつもりもない、ただの風除けだ。

生まれたのがあの子ではなかったら、
私はどんなに一族の色彩を纏っていようが秘石眼を両目に持っていようが関係なかった。


執着を示したのは、シンタローがあの色彩を纏っていたから。
あれが他の色ならば、私は歯牙にもかけなかった。
それは、確実に。


それならば今、私が愛しているあの子は一体何なのだろう。


シンタローは、私が育てた。
時間が許す限り片時も離れることなく。
その時間が、シンタローという人間性を作った。

そして、そんな彼を愛している。
今のあのシンタローに育ったからこそ、私は彼を愛している。

寸分の違いなくあの子ではないと、だめなのだ。

どんなにあの色彩を持って生まれていたとしても、
シンタローでない限り、私はここまで彼を愛さないし執着しない。



すべてが揃い、今のシンタローと私の関係がある。
しかし、その始まりは罪にまみれている。



人の命を、数え切れないほど奪ってきた。
生まれてくるの命を、道具だと思っていた。
生まれてきたところで、愛するつもりもなかった。
誰であれ、命に価値など見出せなかった。

そんな中で、シンタローが生まれた。
けれどそんな子どもこそが、罪にまみれた私の唯一の宝だった。

だから、大切に傷つけることなく守ってきた。
けれどそれは、どれもシンタローの望むことではなかったのかもしれない。

それに気づかなかった私は愚かにも守るため、
新たに望んでいない子どもを生ませることを了承した。

守ることは愚か、傷つけると知らず。




罪が、絡まる。
私の罪が、シンタローに絡みつく。

絡まって、離れない。
シンタローは、何も悪くないのに。
すべて私が悪いというのに。


何をどう修正すればいいのかも、何時から修正すればいいのかも解らない。
それどころか、修正可能なのかすら解らない。
――始まりからして、罪にまみれているのだから。




『俺はアンタみたいにゃなれねえ』

シンタローの言葉が蘇る。

否定されたと思った。
私とシンタローの過去すべてを、否定されたと。

そして、罪が暴かれたと思った。


シンタローが傷つくたびに、罪が暴かれていく。
それはシンタローが、目にすることはないかもしれない。

けれど、私の目の前に広がる。
まざまざと見せ付けるように。

そして、私は恐れる。
シンタローが、離れていくことを。
望んだ相手ほど、離れ行くことを止められたためしはないから。





あの時殴ったのは、止めたかったからだ。

けれど、止める術を知らない。
引き止める言葉は、持ち合わせていない。
何を言えばいいのか解らないのだ。

彼の時もそうだった。
あの時、私は何も言えず彼が去って行くのを見ていた。

何も言わなければ、去っていく。
それだけは、解っていた。
けれど、言葉は未だに私の内にない。

その結果が、アレだ。

咄嗟のことだとはいえ、愚かしいにもほどがある。
けれど、それでもあの時の私にはああするしか他に方法がなかった。

それなのに傷ついたあの子の顔を見て、逃げるように去るしかできなかった。



望んだモノを、何ひとつ私は手にしたことがない。
だから、その扱いが解らない。

手にしたモノは、いつも欲したモノではないモノばかり。
だからそれが離れていったところで、引き止める術などなかった。

そのせいで、私はまた失う。
失って、しまった。



シンタローが、秘石を持ち出し逃げた。
私の元から、去っていった。

大切な大切な宝が、消えた。






04.10.31〜11.26 Back   Side.S →