「幸せですか?」

サービスがいなくて、
仕方なく高松の所に来れば、唐突に訊かれた。

「何?」

「幸せですか、って聞いてんですよ」

「いきなりだな」

そう言って苦笑すれば、男は真顔のまま答える。





Grudge.





「あなたも、いきなりでしたよね」

それが何を指すのか解った。

「…聞いてたのか?」

「幸せの青い鳥ならぬ、玩具の黄色い鳥で」

あの人は、窓辺にいた黄色い鳥をただ見ていた。
動物好きなあの人には有り得ない、単なるモノを見る目で。




「…どおりで。
 お前、よく殺されないな」

「負い目でしょう。
 ルーザー様の件に対して」

目を伏せ、静かに高松が言う。

「そうか?
 単に、お前程度のことじゃ気にしないだけじゃねぇの?」

「…そうとも言いますね。
 あの人にとっての動力源は、シンタロー様だけですから」

「…みたいだな」

「で、あなたは幸せなんですか?」

ふっと笑って、訊かれた。




「っ当たり前だろ?
 なんたって、サービスの傍にいれるんだぜ?
 これを幸せと言わずに、何て言うんだよ」

なぁ、そうだろ、と畳み掛けるように言った。

「何を焦っているんです?」

静かに静かに問う高松。

もう笑ってはいなかった。
感情さえも読ませぬ表情が、そこにあるだけ。


「…焦ってなんかねぇって」

心臓が、ワケもなくどくんと鳴った。

「へぇ、そうですか。
 じゃあ、質問を変えますね?
 あなたは、マジック様が幸せじゃないほうがよかったんでしょう?」

じっと鋭い目が俺を見る。
息が詰まりそうな沈黙。

それを破ったのは、自分の笑い声。
押し殺した笑い声。






「高松、何が言いたい?」

声が、変わる。
口調が、変わる。

「それが、本性ですか?
 初めて見せましたね」

「本性?
 別に本性ってほどでもねぇよ。
 どっちも俺だ」

「いい子ちゃんのふりはしないんですか?」

「しても無駄だろ?
 で、何が言いたいんだ?」

「別に、訊きたかっただけですよ」

「だから、何を?」

「マジック様に幸せかと訊いた時、あなた、酷く切なそうだったんですよ。
 その上、本当に?、だなんて、あなたが訊くなんて信じられなかったですよ。
 だから、訊きたかったんです。
 マジック様を憎みながらも、本当は好きだったんじゃないんですか?」

一瞬殺意に似た思いを抱いてしまったのは、
そんなことを言う目の前の高松に対してか、
言わせるような行動をとってしまった自分に対してか――…。

そんな下らないことを考えて、また笑った。






「俺は今も昔も変わらず、サービスを愛してる」

問いとは、僅かに異なる答え。
本心だけど、それがすべてでもない答え。

相手もそれが解ると解っていても、それだけ答えた。

「…まぁ。
 別に私には関係ないですから、そういうことにしといてあげますよ」

呆れたように高松は、肩をすくめた。


「ごっそーさん。
 サービスも戻ってるだろうし、帰るわ」

「また来て下さいね」

「自白剤の入った紅茶が出ないなら考えてやるよ」

「おや、気づいてましたか。
 ま、効き目はなかったようですけどね。
 やはり赤い玉が作った体と言うのは興味深いですね」

ぶつぶつと呟きだした高松を置いて、部屋を出た。









廊下には、大きくとられた窓が並ぶ。

その窓から、見えた金色。
どこか冷たさを思わせる金の髪。

シンタローを探しているのだろう。
今、あの人の心に住まうのは、俺じゃない。

同じ顔をした別の人間。


揺れる金の髪を目で追いながら、
先ほどの高松の言葉を思い出して笑った。









好きでしたよ。

マジック様、あなたは知らないけれど。
俺はサービスに対する想いとは別に、あなたのことが好きでしたよ。

赤の番人である俺が愛したのは青の一族であるサービスで、
青の一族の頂点に立ち、望まなくてもすべてが手に入るあなたが愛したのは赤の番人である俺。

同じように敵対する一族の人間を愛してしまうなんて、どんな皮肉なんですかね。
そんな苦笑するしかないことにふたりして陥って、高松は俺があなたの何を憎むと言うんですかね。

憎むワケなどなく、哀れみだとか同類意識だとかそんな意味で、
俺はあなたのことが、愚かしくて可愛くて好きでしたよ。


それを知ったら、あなたは嫌がりました?
それとも、それでもいいと言うくらい俺のことを愛してました?








揺れ動く金の髪に、届くはずもないのに訊いた。
それなのに、タイミングよく振り返るマジック様。

目が、合う。
冷たく、キレイなアイスブルーの目。


その目に向かって、好きでしたよ、と意味を込めて笑った。
マジック様は、じっと俺を見上げてくる。




その目に映るのは、もう俺じゃないんですよね。

俺は変わらずサービスが一番で、
あなたの一番は俺じゃなくシンタローへと変わってしまった。
実の息子だと思っていれば違い、赤の番人のコピーですらもなかったシンタロー。


そんな救いようもない相手を愛してしまうなんて、あなたの業はどれだけ深いんでしょうかね?









でもその業の深さが、俺は好きなんです。
それは現在進行形で。

だから、簡単には幸せにならないでくださいよ。
だから、また俺を愛してみませんか?


口を開く。
声は出さなくても、あなたは読み取れるから。






――今夜、あの場所で。

それだけで、あなたは解るから。
昔に戻ってみませんか?

昔、あなたの命令に従って、
サービスを欺きあなたと落ち合った場所で待っています。

今は、サービスだけでなくシンタローも欺いて俺と会いませんか?



顔を強張らせるマジック様に、ニッコリと笑って背を向けた。

来ても来なくても、それはどちらでもいい。
ただ俺は、あなたの幸せに波紋を落としたいだけですから。









マジック様、あなたのことが好きですよ。

憎んでもいなければ愛してもいないけれど、
俺に踊らされるあなたの愚かで可愛いところが好きですよ。






06.04.14〜07.01.20 Back   Side.S →